2014年8月 6日 (水)

記事再考〜日本の見られ方

「中国けん制に走る日本、『平和主義』は本物か
 Nicholas Wapshott」というロイターのコラムである。

ああ、これが日本への理解のされ方かと思いながら、記事を引用しながら
私なりの反論を試みますわ。しかしまあ、こういう理解をしている日本人も
多いよなあ。

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[15日 ロイター] - 中国が行進を続けている。正確に言うなら、
中国は軍事的にもそれ以外にも、海洋進出を強力に推し進めており、
近隣諸国に強い警戒心を抱かせている。
それに対し、日本政府は、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更を閣議決定し、
中国の領土拡張主義をけん制した。

しかしながら、日本の行動もまた、周辺国に警戒心を引き起こしている。
今から約100年前、日本は侵略への道を踏み出した。
日本軍は朝鮮半島やフィリピン、中国大陸やベトナム、タイ、シンガポールまでの
広大な地域を占領し、今もって多くの人が当時の残虐行為を記憶している。
現在の平和を脅かしているのは中国だが、日本の無謀な冒険主義に対する記憶も、
不安をいっそう募らせる要因となっている。

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「今まさに「かなりの警戒心」を抱かせ、現実に様々な行動をし、
相手国の言葉には一切耳を傾けないどころか、嘘や屁理屈を言い募る、
そんな中国よりも日本へ警戒すべし、と此奴は言うとります。
「残虐行為」比較をするならば、植民地として支配していた欧州各国は
どうなのか?と言いたくなる。そんなことは「過去」か「記憶にない」
かのようで。

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もし安倍晋三首相が、自身の意図の公正さを近隣諸国に納得させたいのであれば、
日本が過去の教訓から学び、真に変わったことを示すために取れる行動がある。
もしそうした行動を取らないのであれば、集団的自衛権をめぐる政治的駆け引きは、
周辺国の神経を逆なですることになり、
東シナ海や南シナ海で2国間もしくは多国間の武力衝突が起きる可能性を
高めることにもなりかねない。

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「真に変わったことを示す」というのは、結局欧米に対してということか。
欧米が「正論」「大義」を楯に、戦後やってきたことを問う事はなく、
69年前までの日本に対する恐れを未だ持っているということならば、
それはそれで誇りに思うべきことかもしれんけれど。

白人秩序に対する挑戦であったのは間違い。ええ、あの戦争。
しかしそれでも、戦争を回避する方法、泥沼に入り込まずに終わらせる方法、
白人が納得する、或は「しゃーないな」と思う方法など、
なんぞなかったんかいなとは思う。
反省するならここやろ!と思うが未だそんな議論にはならん。
これもあまりかの思惑通りに来た結果ということか。

集団的自衛権の行使容認にしても、まるで安倍首相が独裁的に、
ナショナリズムとして進めたという誤解か、冷静でない判断か、
単なる無知か、そう思い込んでいるようやが、アメリカ抜きにして
決められることやおまへんからね。悔しい、情けないという表現も使えるくらい。

「周辺国」というのはよく使われるなあ。中国と韓国、北朝鮮は入る?
特に中国の「神経を逆なでする」ということで、「周辺国」て。

そもそも「逆なでする」というも解らん。何かと仕掛けてきてるのは中国やし。
自分で問題を起こして、それに対応したらさらに恫喝してくる、暴力を使うことも
辞さない、のに「逆なでするな」とは片腹痛い。

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読者の中には、中国の船舶が南シナ海のスカボロー礁(中国名:黄岩島)に
大量の砂を運んでいる写真を見たことがある人がいるだろう。
それこそが恐らく、驚異的な経済成長を維持するための資源を強引なまでに追い求める
中国の姿を如実に表している。暗礁を埋め立てて新しい島を造ろうとする行動は、
国際法の定義がどうあれ、自分たちに領有権があると主張する土地や資源を
手に入れようとする中国の決意を物語っている。

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「決意を物語る」??????
正当化したらあかんがな。しとるがな。

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スカボロー礁の領有権を中国と争うフィリピンが、
平和主義を放棄した安倍首相の決断を歓迎するのは当然だろう。

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どういう知識を得たらこないな結論になるのやろう?
国際法なんて関係あらへん!とばかりに「決意」を示す中国の非を言わず、
フィリピンも中国の主張を受け入れることが東アジアの平和に繋がる、
とでも言いたいのやろうか?
さらに少なくとも「平和主義」を放棄してませんから。
こんな独断は素人の話にしかならんで。

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しかし、他の周辺国は日本の心変わりを、どちらかと言うと凶兆として見ている。
朝鮮半島で緊張関係が続く韓国と北朝鮮も、日本による占領下での苦い思い出は共有している。
彼らは、安倍政権が踏み出した軍国主義回帰への第一歩が必要だとは納得していない。

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おいおい、「軍国主義」の定義をせんかい!!!
どこの国が「軍国主義に回帰」したんやぁぁぁ!!
ほんでどう捉えたら「集団的自衛権の行使容認」がその第1歩やねん。
1万歩下がって、そうやとして、ほんなら日本国民はそれをぼーっと見てる、
或は、既に同意してるとでも言うのかい!!馬鹿にしとるよなあ。

こんな文章が結構そこかしこにあるよな。これを何気に読んでたら、
知らん間に刷り込まれるよなあ。

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歴史の素養がある人ならば、伝統的にベトナムが実効支配してきた海域に
中国が侵入しているのは一目瞭然だ。
ベトナムの共産党政府は中国との海洋掘削権をめぐる対立で、
公正な仲裁役を日本ではなく、ベトナム戦争で戦った相手である米国に期待している。

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それは日本が頼りないからやろが。武力を行使できない、そのバックボーンが弱い、
そんな日本に中国との仲裁役を頼めるわけないがな。
さらに、下手に日本に仲裁役を頼んだら、よけいに拗れるし。
それこそ「逆なで」することに。此奴は言う手ること無茶苦茶ですがな。
だから以下の「疑心案儀」が理由でないのは明白やないかい。

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旧日本軍によって国土を踏みにじられた小さな国々は、
第2次世界大戦の暗い影を今なお引きずっている。
たとえ中国が膨張しているにせよ、日本の動機への疑心暗鬼もまだ消えていない。

周辺国が日本を味方と見るか敵と見るかは、日本が過去にどう向き合うかが鍵となる。

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でた!!!よう聞くフレーズ。ほんで「周辺国」と言わず、
中国は、韓国は、といわんとずるいで。

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韓国国民にとっては、「従軍慰安婦」問題が最も重大な懸案事項だ。
韓国側は日本に謝罪と賠償を求めているが、日本側の中途半端な謝罪と合意形成の失敗が、
日韓関係改善への大きな障害となっている。

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まさに!「中途半端な謝罪」は失敗やった。
「すでに問題は解決済み」という合意形成が国内でしなかったことも。
だから、反日戦略がここまで効果を発揮してきてる。ほんま失敗ばっかり。

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また歴代の首相による靖国神社参拝も、慰安婦問題と同様に苦痛や懸念の原因となっている。
靖国で祀られている戦犯への尊崇の念を繰り返し表明することは、
第2次大戦時の軍国主義を生かしておく挑戦的態度と解釈されがちだ。

日本政府に対しては、この問題を蒸し返さないよう相当な国際的圧力がかかってきた。
にもかかわらず、安倍首相や過去の日本の総理大臣は、
いつまでも同じことを繰り返し続けてきた。

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靖国神社は靖国神社として、今後も「尊崇」される場所としてあり続ける、
しかし外交カードに利用されることを止めるためにも、首相時に参拝する場所、
不戦の決意を海外に表明し続ける場を新たに作ったらええやん。
日本国が過去から積み上げてきたこと、歴史や文化、それらの良き点を
未来へと繋げ、発展させていくためにも、変えていくべきは変えていくのは
当たり前の話やないかいな。

そもそも、いつまで明治維新以降の「日本」に囚われていくのやろう?
2000年以上の歴史を誇る日本にあって、たかが100数十年。
中韓との関係にしても長きに渡る。
今の中国は特に、かつての中国ではなく「共産党国家」であるから、
ノスタルジックに捉えてはほんまにあかんと思うけれど、
それでも好き嫌いは別にして、付き合いは長いねんから。

「蒸し返すな」とは、面倒なことを起こすな、てな話やけどなあ。
何も正義が「国際社会」に100%あるわけもなく。もっと比率は少なかったり。
いやいや、大概悪い事してきてるがな、どこもかしこも。

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東アジアは岐路に立っている。現在の国際社会では、
米国は他国に民主主義を押し付けられないという考えが一般的だ。
しかし、日本の戦後の歴史は、こうした悲観的意見とは相いれないものだ。

戦後日本でマッカーサー連合国軍最高司令官が成し遂げた最大の功績は、
日本が変わったことを周辺国に納得させるには、
平和憲法を取り入れることだと時の指導者らを説き伏せたことだ。
そこで作成された日本国憲法は、米国憲法と同様、改正を自ら難しく定めている。
憲法改正に意欲的とみられる安倍首相が「憲法解釈の変更」を選んだ理由もそこにある。

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アメリカは戦後、6回憲法改正を行ってます。
日本の場合は、それこそGHQの目論見通りか、
憲法を改正させないようにしたかった、その通りにきた、
と解釈するのが正しいと思う。
でもね、アメリカの思惑通りにいってる国を、傀儡というたり、
国家の独立性や自主性を軽んじる「力を持ってるものこそが正義」
にも繋がる発想でしょうに。

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広島と長崎への原爆投下から約70年が経ち、
国際情勢の変化に伴って従来の平和主義は危険なものに見えるようになった。
日本は大きな軍隊を持っているが、憲法の下では専守防衛に徹することが求められており、
これまでは米国など同盟国の求めに応じて軍事行動を取ることは許されなかった。

日本では、変化は往々にして象徴的なものにとどまる。
日本国民の多くは、平和憲法は今までと寸分たがわず守られるべきだと今も考えている。
しかし、日本の周辺海域での中国の威嚇的行動は、日本に課せられた平和主義自体が、
平和への脅威になることを教えている。

+++++++++++++++
私の頭が悪いのか、意味解らん。何が言いたいのやら?
まず「日本国民の多くが護憲」てのは間違いですな。てか、議論くらいさせんかい!
どんだけ人の国の自主性を軽んじるんや。
「日本の周辺海域での中国の威嚇的行動は、日本に課せられた平和主義自体が、
平和への脅威になることを教えている」これがさっぱり解らん。

やっぱり「中国の威嚇行動は日本に責任がある」と言うてるんか?
いやいやいやいや、何を言うとるん?

***************

日本が中国の攻撃的姿勢を阻止することに貢献し、
地域での影響力を取り戻すには、過去との決別が不可欠だ。
つまりそれは、すべての戦後補償の問題を寛大かつ公正に解決し、
過去の過ちに対して深く謝罪することを意味する。
また、信奉を正当化できない行動を取った先人たちへの崇拝を断念することを意味する。

+++++++++++++++++
此奴はどこから見てはるんでしょう?
戦後補償は本来解決済み。謝罪しまくり。それでもこうなった。
中途半端だったことは失敗。毅然と対応すべきやった。
ほんま一番の失敗は、毅然としてこなかったことかもしれん。
だからエコノミックアニマルとも言われた。
バブルで調子もこいてもた。

「先人達への崇拝を断念せい」とは、おいおいおいおいおい!
君はいったいどんな権利でそんなことが言えるのや?

過去との決別?それができるのなら中東での争いもとうに終わってるやんかいさ。
そしてこれから先、恐らく表面化してくるで、欧米の悪行三昧。
中国の虐殺の歴史。

「地域での影響力」を持つことこそが「過去との決別」的な、そんな状況には
近づけるでしょう。そういう意味では外交力、インテリジェンスが大事に。

先人達の行動は、我が国歴史のひとつであります。
それがどういうものであれ、それらと決別あんてことをするのは、
国としての(国家ではない)歴史が短い国家に育った人の貧相な思考だと思う。
いや、そんな国家であれ、先人達への崇拝、尊崇、或はもっと軽くて、尊敬の念を
きちんと感じていくことは、自分が今ある理由、生きていることの意味、
未来を創っていくための責任、そんな思いを育むには必要なことです。

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日本が国際秩序と世界平和の守護者としての新たな役割を引き受けるには、
それが唯一の方法だろう。

+++++++++++++++
世界平和のために、此奴は日本に期待してのこの文面やったのか?
それならば、もっと協力せんかいな。
てか、てか、てか。
「世界平和の守衛者」にいつから日本はなったの?
そして欧米が作ってきた国際秩序、さらに、戦勝国による国際秩序の
守衛者とはどういうことなん?

敗戦国たる日本が、何故戦勝国秩序の守衛者にならなあかんねん。
本来、こんな理屈は通らんやろに。もちろんこれまでメリットがあったから
守衛者としてやってきたのやろう。
今後も守衛者として期待し金も出せというのなら、理事国入りなり、
「敗戦国としての日本」という立場をもう変えていってくれんと。
そういう責任が、戦勝国にはもはやあるで。

何故なら、戦勝国で好き勝手やってきたんやから。核はどないすんねん!?
中東は?戦後秩序をより良いものに変えていかん限り、日本がどうこうなんて、
全く関係ないところで、君ら無茶するがな。

いやほんま、考えてもらわんと。こないな内容の記事が通用するような状況では
もうなくなってきてるんとちゃいますか?

2014年7月 7日 (月)

台湾が聴こえる〜和田ブログ

序章
2013年8月の台湾、私は滞在先の台北市内のホテルの6階から窓を開け、
ポータブル・ラジオのロッドアンテナを晴天の夏空に向けて目一杯伸ばしていた。
私は学生時代からラジオ好きで旅行へは大抵ポータブル・ラジオを持ってゆく。
そして、滞在先でどんな「声」に出会うのかを楽しみにしている。
そんな習性で台湾でも同じように、ラジオのスイッチを入れ、
選局ボタンを上から下まで合わせてみる。

すると、30のFM局の電波が飛び込んで来た。
ラジオから聴こえてくる声はさまざまだ。
中国語(=北京語:台湾では国語と呼ぶ)だけではなく、
日本の演歌、歌謡曲も普通に飛び込んでくる。

そして、聞き慣れない言葉も聴こえてくる。
電話でリスナーと思わしき相手とDJがこの聞き慣れない言葉でトークを楽しんでいる。
これは、台湾語(閩南語)や客家語の放送だ。
言葉は分からなくとも中国語(北京語・台湾では国語と呼ぶ)とは違うどこか懐かしい感じ、
人懐っこい感じのする声。そんな声が台北の空には日常的に飛び交っている。

台湾はまさに「多言語国家」なのだ。

私は長年大阪に住んでいる。
大阪ではNHK-FM、FM大阪、FM802、FM COCOLOの4つのラジオ局と神戸、京都のFM局、
そして、コミュニティFM局が受信できる。
それでも、特に工夫もしない普通のポータブル・ラジオで聴こえてくるのは、
せいぜい10局程度だろう。

日本では電波行政のシステムが中央集権的に構築されていて、
東京から番組を全国にまんべんなく伝達する為の放送ネットワークづくりがなされている。
このため、都道府県単位に放送局をどのくらい設置するか、
その適正な数をあらかじめ決めておく「チャンネルプラン」が設定されている。
だから、日本では放送局を始めたくても、自由に放送局を始めることはできない。

一方、台湾では民間のFMラジオ局がこの20年間の間に急速に増えた。
ラジオ局の選択肢の多さは今では日本よりも台湾の方がはるかに先進的だ。
その背景には台湾の民主化の歴史があるのだが、
この背景についてはこの連載のもう少し後に語る事にしたい。
 
選択肢が多いということは、それだけそれぞれの放送局の個性がある、ということでもある。
そのなかには、日本人の感覚ではあり得ないラジオ番組もある。

そんなラジオ番組と台湾で出会った。
 
台北時間火曜日夜8時すぎ、偶然出会ったそのラジオ番組は、
一見、日本の演歌を紹介しているだけのように思えた。
しかし、1分も経たないうちにこの番組がどこか「変」なことに気づいた。
それは、DJが演歌のサビの部分になると、突然、一緒に歌い始めることだった。

特に印象に残ったことは二つある。
内山田洋とクールファイブの「長崎は今日も雨だった」が演奏されているなか、
「♪ああああ〜長崎は〜きょうも〜雨〜だった〜」の「雨」のところで
歌手の前川清の声が裏返るのをそのまま忠実にDJが声真似していること。

そして、小柳ルミ子の「お久しぶりね」が流れる時にはフルコーラスに近いくらいDJが歌うことだった。
ロックコンサートの会場でノッテいるオーディエンスのようにDJは
「♪もう一度!Hey !もう一度!Hey! 生まれ変わって〜」といった具合に
ラジオの向こう側でエキサイトしているのだ。(後に、この曲がこの番組の定番曲だという事を知った。)

DJのエキサイトぶりがヒートアップしてくると、
演奏されている曲にマイクの声をかぶせて、「いいね!いいね!気持ちいいね〜!」と
さらに日本語で合いの手を入れ始める。
そして、石川さゆりの曲が流れると「さ・ゆ・り!さ・ゆ・り!」とさゆりコールが始まる、
といったような具合である。

曲紹介は北京語基調だが「つ・づいての曲〜」というように日本語での曲紹介も随所で入ったり、
台湾語で何かを話していたりすることもある。
この番組で演奏される曲は、天童よしみ、五木ひろし、森進一、橋幸夫、春日八郎、三船敏郎といった
昭和30年代から昭和60年代の少し懐かし目の日本の演歌である。
途中10分間のニュースを挟んで、8時から10時までの全編がその調子なのだ。

さらに、次の日から数日間、同じ時間、同じチャンネルを聴くと今度は
ハウス、テクノ、あるいは1980年代の洋楽といったまったく違うジャンルの曲が流れてくる。
でも、DJは同じで、ノリも火曜日の演歌の日と同じく曲の合間に一緒に歌っている。

なんとも不思議なラジオ番組と出会ったな、という印象だった。

インターネットで調べてみると、この番組は、月曜から土曜日までの帯番組
(土曜のみ夕方4時から6時の放送)で、火曜日は「演歌之夜」というテーマだった。
DJのJOHNNY(強尼秀)は少なくとも10年近くこのようなフォーマットの
ラジオ番組をしているらしいことが分かった。しかもこの番組は、
台北市内で聴取率第二位のメジャーなラジオ局「UFO ラジオ」(飛碟電台)から
放送されていることも分かった。

私はこの番組がインターネットのストリーミング配信で聴く事ができることを知り、
日本でも1年以上毎日聴き続けるくらいはまってしまった。まさに中毒である。

日本の演歌番組のフォーマットといえば、
イントロで情緒たっぷりなナレーションが入るのが定石だろう。
この定石を根底から覆すような「フリーダム」なノリなのだ。
一言で言うと、ディスコDJが演歌を「プレイ」しているといったノリに近い。

この番組をちょっと聴きかじるだけだと、ただふざけているようにしか聴こえない。
しかし、もう少しじっくりこの番組に付き合ってゆくと、日本語の歌詞の解説を北京語で補っていて、
ただ、ふざけているのではなく、しっかり「演歌の心」を紹介していることが分かる。

2013年から2014年にかけてこの番組のゲストに
森進一、五木ひろし、細川たかしといった
日本の演歌界を代表する3人がやって来た事もその証左である。

五木ひろしがゲストに来た2014年4月22日の放送では、
五木がデビューした頃のマイナーな曲をJOHNNYが番組内で紹介して本人を驚かせていた。
そのくらいJOHNNYの演歌にかける造詣は深い、
ということが聴いているうちにしだいに分かって来た。
私達が当たり前だと思っている日本の演歌の聞き方の根底が
台湾のラジオを通じてひっくり返ったような、そんな気がした。

1年間聴き続ける中で、だんだんと分かって来た事は、
この番組で放送される日本の懐かしい演歌は
実は台湾ではカヴァー曲として台湾語で歌われた曲が多い、という事実だった。
台湾では戒厳令時代、日本の歌謡曲の放送が制限されていたため、
台湾語の歌手が日本の歌謡曲をカヴァーして歌っていた歴史がある。

台湾の人たちは、民主化になった今では自由に聴けるようになった日本語の演歌を
自分たちが台湾語で聴いて来た演歌の思い出と重ね合わせながら、
歌いながら、ラジオの中のJOHNNYの声と一緒に楽しんでいるのだ。

台湾人がどのように演歌を聴いて来たのか。
台湾のラジオからさまざまな言語の声や歌が飛び出してくるのはどうしてなのか。
これらの背景には私達日本人が未だ知らない台湾がある。

このブログでは、このまなざしで台湾を観てゆきたい。
つまり、台湾をめぐるモノ・コトを通じて、
台湾の文化の背景、歴史の背景を知ろうとするまなざしだ。
このブログを最後まで読むと実際の台湾が単純な「親日」イメージではなく、
とても複雑な背景をもっていることがわかってゆくはずだ。

台湾へのまなざしをより豊かにしてゆけるような連載を心がけたい。

今日紹介した台湾
飛碟電台(UFOラジオ)「八點一定強(pa dian yi ding chang)」(JOHNNY SHOW)
月〜金 夜8時〜10時(台北時間)日本時間は夜9時〜11時

下記URLにてライブ・ストリーミング配信を行っている。
http://hichannel.hinet.net/player/radio/index.jsp?radio_id=232

2013年8月 8日 (木)

沖縄の基地問題について

中央の報道では分からない現地の歴史、
それぞれの思惑、諦め、せめて・・・という思いの錯綜、
さらに政治的な活動をもってこられて、
いろんなことが複雑に絡み合っているのだろう。

内地の人間、それも大阪のオッサンに基地問題解決の
妙案などあるわけもなく、想像と妄想で考えるしかないのだが、
良かったらお付き合い下さい。

テーマを投げかける。
「もし沖縄が中国の支配下におかれるような展開になったら」

そうならないために、法律の整備や外交力を高め、
紛争にならないように、戦争にならないようにしていくのが
現実的な対応だと思う。

それでも沖縄県民の安全確保が最大課題だ。
せめてまず、今よりの安全なレベルにしていくには
辺野古移設、ということなのかと思う。

地位協定の破棄か見直しかはすべきと思う。
なにせ、アメリカと対等もしくは、それに準ずるような
関係にならないとどうしようもない。

そもそも沖縄にある米軍の規模や能力は、
いったい何に対応してのものなんやろか?
兵力の削減が可能になるには、どういう条件が必要なのやろう?

そこで「もし・・・」と考える。
米軍が沖縄から去ったとしても、対中国のことを考えれば
自衛隊が沖縄に必要になる。抑止力としての軍備だとしても。
その場合、普天間など市街地にある基地を利用するのだろうか?
これでは問題解決・・・沖縄から基地がなくなる・・・への
ステップにはならんよなあ。

それでも、何もしなければ沖縄は中国の支配下に
置かれることが考えられる。そうなったら・・・。

沖縄の米軍基地跡は、恐らく中国軍に活用されるだろう。
これも基地問題解決には至らない。

ほんならば、どしたらええねん!てことになる。
○中国が信頼に足る国家になる
○アメリカとの関係を対等互恵関係にする

大まかに言えばこういうことかなと思うが、
どっちも時間のかかること。

しかし、少なくとも「沖縄から基地を無くす」という目標を掲げ、
そこに向かうためのプランを考えるべきだろう。

政府の機関がそれを考え発表する前に、
民間のシンクタンクや研究所がシミュレーションすべきだろう。
そのプランを持って、国民が関心を持ち、議論されていくべきだろう。

べきべきばっかりですが。
何が足らんちゅうて、将来のプランやないかいな?
よりよい未来に向かうためのプランがあって、
そのために今、現実的にどんなことができるか、すべきかを
実行していく、それの積み重ねで信頼関係を作る、
そういうことやないかいなと。

中国の脅威を減らす、もしくは無くしていくためには
国際協調や法律の整備など、やれる準備をしていく。
アメリカに対してもそう。

沖縄の基地問題を解決していくことは、
我が国が敗戦後遺症から脱していくことだ。
それは、我が国の未来を創造していくこと、そのものだ。

そう考えれば、沖縄のことが他人事ではなくなる。
沖縄の未来は日本の未来。
そこまで想像力を拡げる必要があるのやないか?
そう思う。


2013年8月 2日 (金)

なにかと面倒くさい世の中

中国がやいやい言い、行動し。
韓国は韓国で、「行き過ぎ、やりすぎやろ!」で。
アメリカも己のことばっかり。
言い出したら切りもなく、世界は、国家とはこういうもんか。
そんな中で日本は、我が国は、日本人は「マシな方」やと
ほんま思うけれど。

やられたらやり返す、てな立ち位置はないにしても、
準備しておくべきことはしとかんとあかんのは当然。
それほど「国家間の関係」は油断できんということが
ほんまよう解りました・・・と私は思うが。

原発にしても準備を怠ったからあないなことに。
常に準備!は、何も国家だけの話もでない。
個人もできる準備はするようにしとかんと。
少なくとも慌てる度合いが減るようにはしておきたい。

しかしなにかと面倒くさい世の中です。
国内の閉塞感に加えて外国からのプレッシャー、
数々の国内問題・・・

せめて「未来に向かうぞ!」という明るいエネルギーが
社会に、国家に溢れていれば、生きる力も湧いてくる。

戦後68年か。
ポツダム宣言受諾は、敗戦ではなく休戦だった、てな話もあるが、
いずれにせよ「戦後処理」が曖昧なままここまで来たと思うなあ。

それもまた致し方ないところも理解する。
何せ経済。国民に飯を食わせること、焦土からの復興が
なにせ必要やったのは間違いないもの。

でも、もう「戦後」から脱し、「ええ未来」へ向かえるように
色んな発想を変えていかないと、こんな緊張感のある生活は
疲れるばかり。

30年後に日本は?
私が生きているだろう10年後、希望的に20年後の日本は、
30年後を描くことで、その過程の期間となる。
それは「よし、ええ未来に向かおうとしてる!」と感じられることで、
そんな人生は、少々のことも乗り越えられる、それぞれに色んなことが
あるやろうけれど、少なくとも「おもろいかも!」と思える、
そんな社会の空気を感じながら我が人生を送っていきたい。

発想の転換。
それは、自ら何かアクションしていくことで生まれる、
醸成されていくものやと思う。
より多くの人が「社会貢献的」でも「近所のため」でも、
「仲間のため」でもええから、「我がのこと」をベースに
なんぞアクションしていけんかと思う。

「誰ぞのため」が「我がの喜び、幸せ感」に繋がることが
世の中を少々でも良くしていくことになっていくのやと
思いますわ。

こんなことを思いながら、さて。
小さいことからコツコツと。
今更ながら名言ですな。きよっさん。
コツコツと積み上げてきたことが我が人生の証し。
ならば、いつか来るその日。
「ようやってきた。オモロかった」と言える人生を
送っていきたい。

なにかと面倒くさい世の中。
それを少々マシなもんにしていくことに、
微力でも加わっていこうと思う。


2013年5月24日 (金)

日本は相当恐れられている、てことかいな?

2013.5.24産経「正論」~杏林大学名誉教授・田久保氏

「21世紀最大の課題は中国の軍事的膨張であり、
価値観をともにする2期目のオバマ米政権と日韓両国の新政権が、
その中国と平和裏にいかにいい関係を続けていくかだと思っていた。

ところが、あっという間に、諸悪の根源は、
安倍晋三内閣閣僚を含めた日本の政治家の靖国神社参拝や、
『侵略の定義』に関する安倍首相のコメントや、
他の政治家の慰安婦発言になってしまった。
日本に対し米中韓の3カ国が手を組んで非を鳴らしている構図である」

これもNHKなど日本のマスコミ、左翼政党に言わせると、
「まさに、そうじゃないですか!」てことか。

日本国憲法は、
 米誌「ニューズウィーク」の外信部長だったハリー・カーン氏は
 同誌の1947(昭和22)年6月23日号で予言していた。
 「アメリカは、自らと連合国側の国益を守るために、
代表して、日本が二度と欧米中心の秩序に挑戦することのないよう
強い意志をもって憲法草案の作成にあたらせた」
ということで「作られた」憲法だそうです。

大東亜戦争は、欧米中心の秩序に挑戦した戦争やったということです。
その挑戦に敗れた、と。無謀な挑戦やった・・・。
欧米の秩序への挑戦」と日本が認識していたら、やりようはあったと思う。

さて。
中国は3月にこんなことを言うとります。
 3月13日(水)18時18分配信
 【北京時事】中国外務省の華春瑩・副報道局長は13日の記者会見で、
安倍晋三首相が極東国際軍事裁判(東京裁判)について
「勝者の判断で断罪された」と発言したことに対し、
「日本国内には大戦の失敗を受け入れず、
戦後の国際秩序への挑戦を企てる勢力がある」と批判した。

 華副局長は「(東京裁判は)国際社会が
日本の軍国主義に対し行った正義の審判であり、
戦後の国際秩序の重要な基盤をつくった」と主張。
「日本は歴史を直視し、深刻に反省してこそ、
アジアの隣国との関係を良くすることができる」と強調した。 

正義の審判か、勝者の断罪か。
勝者の断罪に決まってますやん!と素人の私は普通に考えて
そう確信してますわ。

まあ、勝手なことを・・・と。
戦争に明け暮れてきた連中が、その時々で作ろうとしてきた
「秩序」は、戦勝国が常に主導権を握る、という当たり前の流れ、
自分とこがいかに得するか、儲かるかてなことで
決められてきたのは間違いないやん。

ま、それはさておき。

「欧米中心の秩序」をいうアメリカと、
「戦後の国際秩序」を持ち出した中国と、
いまや中国べったりかい!な韓国と、
利害が一致したのやろう、

日本に対し米中韓の3カ国が手を組んで非を鳴らしている構図

なんでや?
それほど日本を恐れているのかい?
それとも、日本の富を奪っていく戦略的互恵関係てか?

両方かも><
うわ~、そんな気がする~

あの戦争でボッコボコにされたのに、
あれよあれよと経済大国になった・・・

1960年代には第2位になってます。

それだけならまだしも、アメリカを脅かすほどの
経済力、技術力を持った。

日本車がアメリカ人にボコボコに潰されてる映像、
あったなあ><

挙句は、JAPAN AS NO.1やと。

ドルショックに、石油ショックも乗り越えた、
貿易摩擦で締め上げられたのに、80年代後半には
それはそれはの勢いやった。

アメリカ:大概のことはやったのに、いつもゾンビみたいに
蘇る日本って!!

え?ひょっとして、以前から「日本抑え込み」を
仕掛けられてた?あれもそれも、えー!あれも??

バブル崩壊もそうやで、きっと!
その後の体たらくも!

そうやわ、俺ら、知らんかっただけやわ・・・
と妄想は膨らむ^^;

日本は恐れれている・・・とするならば、
それを逆手に取りつつ、なんとかうまい具合にやっていく方法は
ないのやろうかと思うのやがなあ。

日本単独で、またまた「秩序に挑戦」なんてことをしたら、
それこそ今度こそ立ち直られへんと思う。

しかし、いうべきは言い、なめられないようにせんことには
どんならん。

弱みは、それを狙う国があるという現実の前に
見せてはいけないということを知らんと。

ヤクザが存在するのは、実は世界の政治って
ヤクザ以上やったからやのね、と納得してます。

私は思う。
日本は世界の国々の中で、かなり誠実な国、
政治をしているのやないかと。
そら、「おい!!」と突っ込むことも多いけれど。
あんた、どこの国の政治家や!と思うことも多いけれど。
それでも、かなりええ方なんやないかいな?

そんな日本がブキミなんかなあ^0^



2013年5月23日 (木)

ナレーションの役割

テレビ番組のナレーションについてです。
ナレーションは映像の説明、補足を行うものです。
番組を「ずーっと見続けてもらう」ために、
色々と工夫がいります。

説明だけでは面白くない。
「次の映像」にどう繋げていくかが大事です。
視聴者に興味を持ってもらわないといけない。
しかし、私としては、「あざといやり方」は好かんです。

一時はやりました、「このあと、とんでもないことが!!」と
ナレーションでふってCMへ行く、なんてことは
CM明けに映像に「ほんまにとんでもないことが起こって」ないと、
どえらい裏切りになります。

いち視聴者として、それはそれは裏切られてきた経験が。
私が担当する番組でも、過去ありました。
「ほんまにとんでもないことが起こっとんのか?」と
ディレクターに確認したことも度々。

そない「とんでもない」「驚愕」「奇跡」なんて起こりません。
ですから、表現の修正を求めます。求めてきました。
最近は、そない酷い「煽り表現」は無くなりましたが。

しかし、こういった「煽り」もナレーションの役割です。
CMを視てもらい、かつチャンネルを変えてもらわないように
頑張らなければなりません、テレビは。

視聴者目線。
私は自分も視聴者ですから、その立場でナレーションしています。
ON AIRを視たとき、恥ずかしくないように、と思うてます。

出演者とシンパシー。
出演者が生きるように、と思うてやってます。
出演者に突っ込む場合でも、
大阪は特に「芸人さんのボケ」を活かすために、
どんな文言、どんなトーンが適当かと考えます。

チョイスした文言・トーンが、マジツッコミの場合も
もちろんあります。
天津・向君には、心から突っ込みました^0^
「そんなんでええのか!」とばかりに^^;

こういう場合はアドリブです。
普通はないかもしれません。
私がさせてもらってる現場やからかも。
ええ現場です。

ナレーションは映像の説明です。
説明しつつ、次の展開に繋いでいく役割を担っています。
繋いでいったら、また引き取る、ということもやります。
ディレクターがとってきた映像、編集した映像、そして出演者を
どうよりよく伝えていくか。
そのはずです。そう考えてナレーションをして欲しいと
私は思います。

映像ありき、だからこそ映像から感じたことに正解があり、
それには出演者とディレクターの関係がちゃんと出来ているかが
大きな要素にもなり、「おもろいもんを作りたい」という欲求が
これまた大事で、そんな諸々が視聴者に伝わる、
その一番最初の視聴者がナレーターである、と思います。

ナレーション・ブースにあるテレビモニター。
そこに映し出される映像。
その映像と、ある意味「一体化」できるか、
その映像に入り込んでいけるかどうか。
そんな映像に出会った時は幸せです^0^

そうでない場合は?
そこはスキルでカバー、これも役割です。

2013年5月22日 (水)

ナレーターから見てみた政治家の喋り方~音使い

音からのアプローチです。
音階は音楽のものですが、「音階的」に考えます。

福島瑞穂氏を例にとれば解りやすいかもしれません。
前から気になっていた彼女の「音使い」です。
ちょっとした歌のように彼女は喋ります。
リズムやテンポはいいですが、正直、嘘くさい。

卒業式にある光景。
「楽しかった就学旅行」
似ているところがあります。
説得力には欠けるのですが、「煽る」「盛り上げる」にはいい。

つまり、音階的には「高め」の音使い、ということなんです。
語尾の音が下がりきらないというか、ずっと上の方の音使いです。

「安倍政権の独裁を許さない」を例えに使いますと、
「安倍政権の」の『の』が下がりきらない。
「許さない」の『ない』も上がったまんま。
そして全体的に平板な発音です。
抑揚が少ないとも言えます。

大阪弁では、「安倍政権の」の『あ』が高めで、
「独裁を」ぼ『ど』も高めです。さらに、
「許さない」の『ゆ』も高いところから発音します。

共通語では、「安倍」の『べ』を上げ、『の』を下げる。
「独裁」を強調したい場合は、「安倍」の『あ』より高い音で
『ど』は入り、2拍目の『く』をさらに上げるんです。

「許さない」を強調したい場合は、それぞれ『ゆ』『る』が
音の上がるところとなります。
そして最後の『い』を下げます。

ざっと解説するとこうなります。
もちろん「政権の」の『の』をそれほど下げずに読みきることも。

発音を文字で説明するのは難しいですが、
なんとなく「音使い」についてお分かりいただけたでしょうか?

我々ナレーターが、仕事で必要とされることのひとつに
「説得力」というのがあります。
安心して聴いていられ、かつ「説得力」がナチュラルに感じられる、
そんな読みが必要です。

強く読むと説得力がありそうに思えますが、そうではありません。
強弱で対応するのではなく、音の高低で対応するのです。
強く読むのは「煽る」「盛り上げる」場合です。

強弱と高低を組み合わせることによって
盛り上げつつ説得力がある読み、喋り方をすることが可能になります。

さて、政治家は・・・。
共産党の議員さんの喋り方は、皆さん同じような感じです。
強弱と高低の組み合わせを意識されているようです。
おそらく研究された結果、訓練の、環境の結果かと思います。

演説時の政治家も独特です。
アナウンサー出身の方でも「演説口調」になります。
語尾を下げずに、高めの音階系で喋りはります。

「今の政治を変えるのは、我が党しかないんです!」

煽り系は、『~のは』『~です』といった語尾を下げません。

説得系ならば、落ち着いた語り口で語尾を下げることになりますが、
よっぽど魅力的でないと聴衆は退屈するのでしょう。

勢い、「演説口調」が伝承されてきた、魅力的でない人も、
喋るのが苦手な人でも、なんとか「らしく」聞こえる。

福島瑞穂さんは、あまりに「同じ環境」にいすぎて、
ああいう調子になってしもうたのでしょう。
先日、予算委員会中継をから聴こえてきたのは、
「あれ?福島瑞穂?」と錯覚するほど似ていた女性議員の
喋り方でした。
社民党ではなかったのですが、恐らく元社民党ではなかろうかと。
或いは似た系統の方ではないかと。
名前を覚えなかったので調べることもできませんが。

音使いだけでなく、使う言葉、論理の組み立て方、
リズム、文章の切どころとか、色んな「似た要素」が
あったのだろうと思います。

音使いに注意して聴いてみて下さい。


2013年4月30日 (火)

戦後67年を「生きてきた感じ」でまとめれば・・・

昭和34年生まれです。
昭和40年代には、テレビから色んなことを得ていく。

アメリカのテレビドラマに音楽に、スターに。
アメリカ文化が大量に日本へ。
ビートルズもあったり、月にいったり、
米英中心の白人てええなあ文化ですわ。

1970年(昭和45年)に万博。
「世界の国からこんにちは」で、ようけの国があり、
色んな人がおることを、それなりに実感。

72年に沖縄が返還され、1975年7月20日 から
1976年1月18日まで開催。高1の夏休みに行きました。
生まれて初めての飛行機。同級生と二人で。友達の知人が
沖縄で仕事をしていて、なんか流でそないなった。
結構高額やったやろうに。親は行かせてくれました。

飛行機の窓から見えた沖縄の海の、まあ青かったこと^0^
晩飯に連れていてもらったスナック。居場所なかったなあ^^;

1970年代までは、ドルショックに石油ショックなどがありましたが、
アメリカええとこ、「あの戦争」なんて言い方もなかったかな。
原爆記念の日も、子供には遠いものでした。

80年代に入ってからの続きはまた。

2013年2月 6日 (水)

50階建ての住居と学校、という少子化対策のアイデア

Will3月超特大号「加地伸行(立命館大学教授)の朝四暮三」より。

大都会を対象に、小・中学校のグランドを廃止。
敷地全体を使って50階の高層建築をし、4階までを学校(幼稚園を含む)の
校舎とし、その中に体育館やプールも作る。

5階から30階までを住宅とする。この住宅は3LDKで月額5千円。
入居資格は、3歳以上15歳(中3)までの子供があり、一定の所得以下など。
ここに住む子供は必ず階下の学校に通学すること。
約800所帯、駐車場はなし。月400万円の家賃収入。

31階から50階までは普通の賃貸住宅とするが、こちらもリーズナブルな
家賃に。月額5万円ぐらい。400所帯として、月に2000万円の収入は、
全体のメンテナンスに充てる。

もちろんすべて耐震構造。内装・設備・外観は可能な限り廉価にして
実用的に。校舎は、夜はいくつかの私塾に貸して賃料を得る。

グランドは不要。世界的には学校にグランドはない。運動会などは
数校が共同で競技場を借りるなどすればいい。

通学は専用階段やエレベーターを使うので安全。住居が互いに近いので
いじめ防止にも。放課後は必要に応じて学校が預かる。

1校分の建築費を仮に50億円として200校分で1兆円。
建築業界の受注が増え、子育て世代の人々の生活も楽に。

*************************

とまあ、こんな具合。おもしろい。ええアイデアでは?と思う。
子育て世代限定で、その間に節約できたお金を後の人生に
活用していく、というマネープランも立てつつ。

子供の権利に「学校にグランド」はなかろうし^0^
筆者も書いてはるが、外は紫外線の心配もあるし、
PN2.5がよそから飛んできてしまう時代。
昔は光化学スモッグやったが。陽の光を浴びるのは
それぞれがやればええし。

「超高層マンション、誕生!」ちゅて、ようけ建ってますが、
個人の資産てな発想を超えて、それこそ「教育」に関わる
インフラとして、ええのやないかと思いますなあ。

少子化が改善されず、学校として利用できなくなれば
それこそ普通に住まいとして使っていけばええのやし。

筆者は、「どうせ税金を使うなら、1つの予算で2つ、できれば3つの
目的を達成できるというような工夫が必要」ということで、
このアイデアだそうな。

さらに、議論倒れにならないよう特区をつくり、
モデルとして1校作ってみてはどうか」と言う。
「文科省・国交省・総務省等の合意が必要」で、
この縦割りをなんとかせんかい!とは思うが、
まずはやってみることやと思う。

評論家、子供教育の専門家などから批判が
ようけ出るのかな?
ならばテレビには嬉しい話題ですがな。
ええ皮肉でっせ。

「保育所も簡単に付設できることも言っておこう」
といいてはります。

上から下へと通う学校かあ。
不審者対策もしやすそうな。

こういう時代が来てるってことですわなあ。
時代に応じて柔軟な発想で対応、改善していかんと、
なにせ資源も土地もない我が国。
アイデア勝負!てな機運が盛り上がっていかんかいな。

ちなみに、「政治家の誰も見向きもしない」そうです^0^;;

2012年9月24日 (月)

防衛なり、武力なりについて

世の中物騒でして。
良からぬ輩にからまれないようにするには、
良からぬ場所に行かないとか、つき合わないあなど
自衛手段はそれなりにあろうかと思います。

しかし、通り魔や、先日起った京大の助教授が殺害された事件などを
考えると、普通に穏やかに暮らしていても、
いつ何が起るか分からない。

例えば、良からぬ輩に絡まれた時、
どうやって防衛すればいいのか。
腕に覚えがあり「武力衝突」したとして、
どういう結果になるのやら。

ならば、相手が怯むような「武器」を「見せる」ことが
できれば、武力衝突もなく、相手の自尊心も傷つけることなく、
「お前目障りなんじゃ!散りさらせ!」くらいの悪態をつかれて
危険を回避することができそうです。

通り魔のような場合。
まずは気を抜かずに待ちを歩くしかない。
暗がりを避けるとか、怪しい車の横を通る時は特に気をつけるとか。
俺に関わるなオーラを出しまくりながら歩くとか。奇声を発するとか^^;

それでも避けられない場合。襲われた場合。
Tシャツが「防護服」仕様であるとか、「殺気センサー」があって、
後ろのベルトから何やら勢いよく噴霧するとか、
他人が1m以内に近づいたら、特殊防護機が作動するとか、
そういうハイテクな「防衛機器」が無い限りどうしようもなさそうです。

ならば、「特殊防衛機能装着者」というサインを外に出しておく、
そうすれば、まあほぼ襲われる、絡まれることはなくなりそうでは
ないやろか?

理由があって襲われる場合はまた別の「防衛」を考えるとして、
少なくとも「抑止力」としてのサイン、メッセージを出しておくことが
できたなら、かなりの災難からは守られそうです。

国対国ついては、まさにこういうことなんでしょう。抑止力って。
そのために通常兵器を増強し核を持っているという理屈か。
軍備増強は相手へのプレッシャーですが、それに対抗するために
こっちも軍備増強!となると切りがない。

自衛隊の軍事力は結構なものらしいが核はない。
核議論すらしないけれど、するならするで「戦略的核議論」を
やってもらわんと、結局ヤイヤイ言われ、面倒なことだけが増える。

核議論も相手へのサイン、メッセージとして使わないと
無用な衝突が起り、無傷ではいられなくなる。

日本はどうしたらええのやろ?
ここからは妄想になりますが、SFばりに「ミサイル無力化技術」とか、
サイバー攻撃力の徹底強化とか、外からは何をやってるか見えにくく、
かつ今の時代に効果のある「武力」を真剣に考え、備えていくべきでは
ないかと思う。

それこそね、「核ミサイルを発射しても無駄でっせ。なぜなら、
そのミサイルは発射されず、発射台で自爆するからでっせ!」
という武器を開発でけんのやろうか?

領海侵犯した潜水艦や空母、戦艦などハイテク系は、
領海内に入ったらコンピューター系が機能せんようになる武器とか、
領空においてもそうですわ。

相手の攻撃を無力化する、或は相手の領土内で自爆する、
「天に唾吐け防衛」てな^^;

相手を圧倒するか、相手の理解を越えるくらいのものを。
そういう専守防衛が現実的にならんもんかと。

技術立国たる我が国で、資源がない国で、
そしてまだお金がああるうちに、「配慮外交」を今度からは武器にして、
「微笑みながら配慮しながら、進めるべきことはしっかり進める」という
体制に、マインドになっていかんものかと。

反核を言うなら核保有国の首都でやってもらい、
反原発をほんまもんにしたいなら、それも世界で展開してくれ!
可能かどうかの前に、どんな防衛手段があるのか、今は無理でも
そういうことを研究している人がおるなら、それこそ「活発な議論を!」
と思います。

エネルギー問題にしても。今後やってくるだろう食料問題にしても。
未来を向く、科学技術を信頼する、いや、頼むしかない。

いつまでたっても「欧米が構築してきた世界観」の中だけで
あーだこーだ言うてんと、この島国、この極東の日本が
これまでどう生きてきたか、そしてこれからどう生きていくのか、
ほんま真剣に議論できる空気になって欲しい。

たかが百数十年、西洋まみれになってきただけ。
鎖国してた期間の方がまだまだ長い。その意味とは?

世界をまた驚かせましょう^0^
そして今度は世界の多くが「素晴らしい!」と絶賛し、
かつてどの国も経験していないくらいの「敬意」を払われる
立派な国に!・・・そんな国暮らしたい・・・まあ残りの人生を
考えると無理でしょうが><
せめて、そっちへ向かうんやなあ・・・を感じてから死にたいぜ^0^

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