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2006年5月31日 (水)

年金よ!おい!年金よ!

僕はもう27年ほど年金を納付してます。途中、厚生年金だった時期もありますが、
ほとんどが国民年金です。
今の計算でも、毎月貰えるのは5、6万円ほどでしょうか。
しかし、たぶん、いよいよ「ツケ」が国民にまわってくる・・・><

やめよか、思うで、しかし。
NHKの受信料もそう、年金もそう。
きっちりやってくれることが保障されないなら、拒否したい。
税金もそう。きっちり使ってくれんおなら、拒否したい!!
そんな権利は国民にないのかい!!
国民投票法よりも、主権たる国民に拒否権を!!

(久々にメルマガを配信しました。
社会保険事務所の法律違反事件についてです)

2006年5月29日 (月)

むちゃ久々にナレーションについて^^;

ほんま、いつもびっくりしますわ、日が経つのが早いこと早いこと><
FMラジオのところで止まってもうてた^^;

業界にきて、FMのDJなんて仕事をさせていただき、
それなりにナレーションのツボを「掴んだ」りもしました。
最初は午前中の番組で、原稿を読むのですが、
「読んでいる」のではなく、「語っている」ように読む、てのが必要でした。
ただ、原稿自体が「読みやすい」ものだったので、
つまり「口語体」だったので、やりやすかった。
この辺がいわゆる「ナレーション原稿」とは違うところです。
「書き原稿」ではないということなんですね。

この「書き原稿」をナレーションするとうのが結構難しい。
きっちりと読むことだけで良しとするならば、
それなりにナレーションできるのですが、
聞き手に伝えようと「情感」を入れていく。
言葉が無味乾燥だと、「情感」が中々入らない。
また「情感」というものは、入れようとすればするほど、
臭くもなり、さじ加減が必要なんです。
いい塩梅で情感が言葉にのるようになるには、
結局10年以上かかることになったのですが。

あの頃掲げたテーマは、
例えば、工事記録のようなナレーション、
「立て杭工法を行いました」というような文章を、
どれだけ温度のある読みにできるか、
でした。今なら、ようやく・・・と思っています。


2006年5月24日 (水)

時間の流れ方

きっと流れ方が違うんやなあ。
何をしているか、何をしようとしているかで。
その仕事に、作業に集中しているか、
没頭できているなら素敵だと思いますが、
追い立てられているのなら、そのうち無理がほころびていく。

忙しいから時間を有効に使おうなんて、
「優秀なビジネスマンの時間の使い方」なんて見出しの雑誌なんて。

時間を大切に豊に、気持ちよく感じるために忙しさをコントロールする、
そういうのが本来の、まともなことではないのかと思うけれど。

自分を効率化、合理化しようとしているのなら、
それはやっぱり間違っていると言いたい。

2006年5月22日 (月)

炊き込みご飯

「かやくご飯」と関西では言いますが、色々と呼び名はあるのでしょう。
具は、レンコン、人参、こんにゃく、鶏肉、薄揚げでやりました。
ちょいと手をかけたのは、具を下煮したこと。
出汁と、薄めの味付けで煮てから、煮汁とともに炊飯器へ。
鶏肉は1センチ角くらいに切ったものを買い、炒めて。
味付けは味醂と醤油。塩少々。
余った具は冷凍へ。これでまた作れます^^

やっぱりね、ちょいと手をかけると美味しくなる^0^
土鍋でやるとまた美味いんやろなあ。
それにしても、コンニャクってなんで入れるんやろ!?

2006年5月19日 (金)

役者さんと飯を食う

学生時代に北海道の観光牧場バイトで知り合った方がいます。
もう27年くらいの付き合いですわ。
黒沢明の「影武者」「乱」に出演、
8年前からは蜷川シェークスピアの舞台に出られてます。

今回大阪に「タイタス」というシェークスピアの舞台で来られました。
前回大阪に来られた時も役者仲間を連れてこられて、一緒に飯を
食ったのですが、今回もお二人が参加。計4人で食い、飲みで、
楽しい時間を過ごしました。

僕の友人が52歳、ひとりが48歳、もうお一方は70幾つという「オヤジ達」。
しかし佇まいが違う、雰囲気がやはり独特。話も面白い。話し方もうまい。
環境や経験が違うと、やっぱり人間てのはええ感じというか、
生き生きとしてる「オヤジ達」は魅力的で、「役者と飲んでるんやあ」と、
しみじみ感慨みたいなものを覚えました。

愚痴や文句は言うし、人間臭いのですが、
そんな話もどこか余裕があるというのか、経験による裏づけというのか。
役者だけでバリバリ稼いで、なんてことはなく、
「金はねえ、でも酒はうめえ!」みたいなところもある^0^

世はセレブだ勝ち組だと、金があれば何か特別なことが身につくかのような、
そんな「幻想」に覆われているようにも思いますが、
舞台や映画という「フィクション」の世界に生きながら、
あの雰囲気、あの佇まいが身につくというのは、
やはり凄い世界だからなんでしょう。

人間というのは、つくづく自分のいる環境、
それを求める自分、そして自分なりに出してきた結果、
そういうものがあいまって、「その人」を創っていくのだなと。
だからこそ、できるだけ「いい環境」に身をおいていくことが
大事なんじゃないか、と改めて思いました。

なんやろなあ、うまくは言えないけれど、
素敵な人物というのは、素敵やなあ^0^

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