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2008年2月28日 (木)

米はムダ、という発想

「まいどおおきに」にも、「長電話」にも書いてます。

ええ、今日は自分のブログを、このテーマに絞ってます。

          

件の「米の作り過ぎはもったいない」というポスター。

「作り過ぎはもったいない」のは、何がもったいないということかいな?

土地が?労力が?

「米の過剰作付けは資源の無駄使い」ときてるので、

土地、肥料、労働力を無駄使いせず、麦・大豆へ転換すれば、

日本の食も安心!てことならば、

もっと未来をちゃんと描いてもらわんことには、

いきあたりばったりかい!ということになるわいな。

そう、行き当たりばったり・・・ばっかりですやん><

          

こういうことを改善していくためにも、道州制!^^;

今日はもうええか^^;

2008年2月27日 (水)

行政が市民に近くなる

地域主権型道州制(江口克彦著・PHP新書)は、

脱中央集権国家であり、停滞・閉塞しているとしか思えない現状を

変えていくものだと僕は期待しています。

で、道州制になれば、「政治や行政が生活から遠ざかる?」という懸念が

言われているそうですが、本書にも「んなこたぁない」と書かれてます。

本書を読むまでもなく、僕は「んなこたあない、どころか」と考えてましたし、

今の中央集権体制でも、行政が近い、なんて感じたことはない、

それはおそらく多くの人にとってそうなんやないか?と思います。

               

僕は大阪市に住んでいますが、立派な建物の市庁舎に行くなんて滅多にないし、

区役所に行くこともそうそうない。

「府政だより」「市政だより」は毎月配られてますが、

それを読んで「身近!」と感じたこともない。

そんなもんですわ。

         

でも、道州制に期待できるのは、

なんでも国任せにしてきたら、とんでもない状況になってた、

それは、市や府の行政力より、国に力があるから当然だ、

国を向いておかんと結局なにも始まらん、ってことがよく分かった。

府政や県政なんて、結局、国の出先機関ですやん、

それを証拠に、相変わらず各省庁に詣で、陳情している姿を見れば、

市民も行政マンも、そして政治家も国を向くしかない、

それはつまり「お金ちょうだい!」ということですやん、

そんな情けない制度が、日本人をどんどんダメにした、

独立心が失せていくばかり、ましてや大阪・・・

       

全国一律の日本、悪しき平等主義とはつまり、中央集権体制の飴であり、

その影に隠れて、税金無駄使い放題、ってことです。

        

中央集権では、あまりに行政が自治が遠すぎる・・・。

だからもうちょい規模を小さくして、州単位で考える、で、もっち身近な、

市単位で日々の営みをしていく、そういうことが必要ですし、

そうでないと、「見えない」ところで物事が進んでばかり。

州になったからといって全部見えるわけではありません。もちろん。

しかし今よりは見えやすくできるはず。

自分勝手な文句・クレームが蔓延っていますが、

それは不安の裏返しでもありましょうが、そういう無茶を通さないためにも、

地に足のついた行政、自治が必要です。

というようなところからも、僕は、まずは地域主権型道州制に期待している。

         

このままでいいのか?

このままでいいわけない!

そう思うなら、行く先はおのずと決まってくると思いますが、いかがでしょう。

2008年2月19日 (火)

若いのが変化を求めな誰が変えてくれるゆうねん

「社会が悪いのさ!」と昔の若者はよく言ってたような気がする^^;

その若者が歳を取り、「まぁしゃーないか」となった・・・。

だいたいやね、この先、日本が落ち目になり、世の中がもっと荒れて

どうしようもない国になって困るのは、間違いなく若い者ですがな。

         

私は48歳・・・微妙やけれど、ま、諦めもつく。

金持ちは外国に逃げます。頭のええ奴も。

残されるのは、金も知恵もやる気もない連中ばかり、って可能性は・・・

低くはないでぇ^^;

          

米中露に分割統治・・・終戦時の危機と同じ・・・されるかも><

アメリカならまだしも、中国に支配されたら、間違いなく積年の恨みと、

元々、日本を下に見てる中国ですから、ま、暮らしやすい状況は・・・ない。

考えすぎやと思う?・・・それはそれは気楽なことで・・・と嫌味のひとつも

言いたくなりますわ。

            

というような危機感が必要なくらい、世界が荒れていくのは

間違いないように感じてます。資源に食料に、争奪戦が始まってます。

世界は、戦後受けてきた教育のように、「平和」ではないし、

「戦争反対!」と唱えてさえいれば平和がもたらされるのでもないし、

優しそうな顔の裏でエグイこと考えてるのが外交やし、

「大儀」「正義」の名の下に戦争をするのは自明・・・見てきましたやん?

      

一方で、世界が平和であるように手立てを打ちながら、

メインは、外国に負けない、一目おかれるように、

国内をしっかりさせなければ、巨大な力の前に翻弄されるだけ・・・

コソボが独立した、「コソボ国民」は喜んでいるが、実体は・・・という

現実は、我々日本人にとってとも現実になり得る、

だから、頑張っておかんと隙が出る、大きくなるっちゅううことやと。

            

なまじ「豊か」になってしまい、危機感も緊張感もなく、

なんとなくええかあ」で今は済んでますが、今後どうなるか、

という危機感がなければ、政治も変わらん、政治家も変わらん、

つまり、国の運営を任せ切れん、そう!日々の暮らしが危うい、

それこそ平和な暮らしが奪われる、ということになるやない?

             

なるなあ・・・。

         

というような話を前提に、私は「地域主権型道州制」を支持する訳です。

明治維新以来続いてきた中央集権国家では、対応できなくなってきた、

東京に金も人も集まり、地方がどんどん疲弊してきている、

官僚や政治家の体たらく、利権で「自分たちだけ大丈夫」という錯覚、

アホか!!

というてても、何も変わりません。文句を言えば何かが変わるなんてのも錯覚。

クレームつければ、一時、自分の思うとおりになったとして、

巡り巡って自分に返ってくる。家族に、子供に返ってくる。

そんなんも分からんようになったんか。

                   

自分勝手な振る舞い・・・これは危機感の表れとして捉えることができると思う。

無知で無自覚な連中が増え、それが「危機」だと気づかず、

「俺が俺が」でなんとかなると勘違い。

これも戦後教育、似非平和教育の成れの果て、

偽善が偽善と認識できなくなってしまった・・・。

        

お~、今日は書くねえ^0^

            

というくらいのところから考えれば、

「変えてゆく」ことに勇気も出ま・・・・せんか?

来てもいない未来をネガティブに考えて何が生まれるのやら。

未来は「来ていない」ことにおいて、平等だ、

ならば、ポジティブに考えればいいじゃないか、

明るい未来をイメージし、ひとつひとつ実行していけばいいじゃないか、

むっちゃシンプルですやん、そう、シンプルよ。

未来を恐れるな、未来はどうなろうとも、今から見ればいい未来だ!

これをお気楽というなら、現実を見ないお気楽よりはマシだと、

「なんとかなる」なんて現実逃避こそを私はお気楽と呼びたい。

さ、頑張りましょう!^0^

自分達の暮らしが「ええなあ」と思える社会、日本にするために^0^

で、さぁて、何からやるべ??

2008年2月13日 (水)

格差を逆手に取る

道州制について、以前、大前研一の本に書かれていたこと・・・

記憶は曖昧なので、僕なりに考えつつ書きますが^^;

例えば四国は、他のエリアに比べて域内総生産が最も少なく、

人口も少ない。自立できるかどうかと懸念されるエリアだそうです。

            

でも、それは今アジアで行われていること、

中国が世界の工場となっていった経緯が参考になると。

つまり、道州制によって独自の政策が打ちやすくなれば、

税制面での優遇措置や、それこそ土地は安いは賃金も低めやわで、

他州からの企業誘致や工場誘致がやりやすくなる・・・てな話やったと。

わかります?言わんとしてること・・・^^;

ま、四国の人は気ぃ悪いかもしれんけど^^;

いやいや、見方、視点を変えればそんな話やないで、と思いますが。

            

もちろん経済規模の違いなど、中国、アジア諸国と比べられないのですが、

同じような理屈はそこにあると、

日本を小アジア的に見渡してみたらどうよ?ということです。

今は全国一律、全国平等な政策で、

それが頭打ちになってる、日本の活力を削いでることは間違いない、

しかし地域主権型道州制によって、地域ごとの利点をもっと活かせることが

できるようになるのではないか?と僕は期待するわけです。

                

今ならEUを参考できると思う。

例えば、オランダ。

「国土面積は日本の九州ほどの大きさで、

人口も1,600万人余りの小国ながら、

国際社会における「存在感」は実際よりもはるかに大きい。

世界第8位の輸出国(2003年)で、

GDPの半分以上は国際貿易からもたらされる・・・」

          

日本を小EUに見立てるという視点、考え方も可能ではないか?

愛媛・松山、香川・高松、そして高知と3つの空港がありますが、

どれもこれも・・・

しかし、日本の制度が変われば赤字空港を再生させることもできる、

それは四国州がどういう産業を興すかに関る、

そのためには、ひな鳥のように口をあけて餌を待つだけしかない、

結局中央政府の言うことを聞くしかないのか?

なんてことは失礼な話ではないかと思うのです。

          

東京だけが日本ではない。

大阪は大阪なりに頑張る、頑張りたい。

地方の皆さんもそうでではないでしょうか。

2008年2月 6日 (水)

ポリセントリシティ

ポリセントリシティとは?

東京一極集中ではなく、「多極集積型」の国創り、

『多くの極を持ったシティの間をネットワークが結ぶことで、

 お互いに相手の需要なり供給なりを利用した関係で

 集積を図るという形のもの』

といったあり方のようです。

        

かつて江戸時代の城下町は、「先進的な発想」だった・・・。

やっぱり・・・・^0^

そうちゃうかなあ、と思ってましたわ^0^

             

幕藩体制に戻れとは言いませんが、

やはり地域の自主独立性が必要な時代になったということでしょう。

そして江戸期300年に蓄積されたもの・・・システムや文化など諸々・・・は、

今も我々に大きな影響を与えているのは間違いありません。

明治維新以降の近代化や、戦後やってきたことは、

まさに西洋に追いつけ追い越せだったのですが、

どうも煮詰まってきたような。

            

環境問題にしても、江戸の町は結構な循環社会だったと言いますし、

無駄使いしない思想がきっちりと浸透していたのではないか、

そうならば、今一度、考え直すべきところにあるのでしょう。

            

ポリセントリシティは、相変わらず欧米が「先進」のようですが、

実はその典型が江戸時代にあったのなら・・あるのだろう・・・、

欧米の考え方を参考にしながらも、日本独自の、そして、

世界が参考にすりょうな、真似るような考え方、町づくり、

国づくりを目指して欲しいものだ。

           

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