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2008年6月26日 (木)

例えば淡路島をひとつの国と考えてみる

イギリスの北の方にある国、アイスランド。
人口30万人で、GDPは1兆8千億円ほど。

方や淡路島。
人口15万人弱。GDPにあたる域内総生産は5000億円弱。

アイスランドのひとり当たり生産は、500万円ほどの計算。
淡路島は、330万円ほど。

アイスランドは地熱発電で、消費電力の多くを賄い、
水産加工品が輸出を支えているらしい。
で、写真を見れば、なんかええ感じやし・・・隣の芝生?

ただ、数字上は明らかに差がある。
そこで発想!
アイスランドでできるなら淡路島でもできますやん!
何がて、ざくっと計算でも人口半分、GDP半分・・・つまり、
ひとりあたり生産500万円で、7500億円は夢の話やないですがな。

アイスランドは、国ですから国防費や社会保険費などが必要ですが、
淡路島は、国防費も年金も健保も、国がやってますから、
アイスランドよりええ条件にいてますやん。

とまあ、そんなことを考えると、
「淡路島頑張れ!」「移住したいがな」などと
思い描くわけです。

2008年6月18日 (水)

宮崎勤の死刑執行

法務大臣がわざわざ発表する言うのも違和感あるというか、
よう分からんけれど、死刑反対論者の理屈もよう見えん。

死刑を止めるということが、いったいどういうことを意味するのか、
それは宗教的な理屈なのか、それとも社会学的な話なのか、
或いは「死刑反対を唱える自分は素晴しい」という利己的なものなのか、
よう見えん。

ざっくり過ぎる話になるけれど、
「死刑を止めるというのは、「人間とは?」ということやないかと思うなぁ。

死刑を止めるところから戦争を失くすところまで繋がるのかどうか、
人間が抱える問題を解決の方へ持っていける可能性があるのかどうか、
そんな大層な議論を活発にしていかんと、
報道されるレベルの「死刑反対」では分かりにくすぎるし、
光市事件のように、「戦略的」な面しか見えてこん。
つまりは、利己的としか思えん。

それに、死刑を止めると言うのなら、それに変わる量刑をどうするか、
「なるほど」という提案もない。
何故、宮崎はのうのうと20年も行き続け、「無罪」と言ってきたのか。
何故宮崎は、働かずにタダ飯を食べることができたのか。

とりあえずは、働かんかい!!汗流さんかい!!と、
単純に思う。

宮崎に限らず、刑務所での過ごし方として、「働く」ことを重要な位置づけに
して欲しいと思うなあ。
社会復帰のためのプログラムとか、欧米的なんか知らんけど、
日本人は、まずは「働く」「汗水流す」ってことを「大切なこと」と
考えてきたし、汗を流すことを更正手段のひとつにもできる思うが。

食料問題がもっとシリアスになっていきそうな時代、
働く、とは農作業、作物を作らせて、「命」を考えささんかいや。

2008年6月16日 (月)

秋葉原の事件

人生とは闘いである・・・
その闘いは、自分との闘いである・・・

優等生でいなければならない、
みんな仲良しでなければならない、
運動会で順位をつけてはいけない、
落ちこぼれてはいけない、

なんやろな、「いけない」ことばかりで、
どんどん自分を苦しい方へ追い込んできた、今も・・・。

優等生である必要は必ずしもない、
でも人に迷惑をかえないように。
みんな仲良しであるなんて無理なはなし、
だから、それでもそれなりに人間関係は大事よ。
運動会で光るはずの子供まで喜びが分からず。
落ちこぼれには落ちこぼれなりの生き方もある、
自暴自棄になることが一番ヤバイのに。

「平和ボケ」が問題と格闘して解決していくことを教えず、
闘わない大人が闘い方を知らない子供を増やし、
ズルさばかり覚えることで、他人より先んじた気分になれたか。

でもね、結局「自分のしたこと」は自分が一番知ってる、
それを見ないようにできるのも人間、
見ないように、気づかないふりを続けてたら破裂した。

自衛隊を軍隊としない「嘘」をずーっと続けたきたら、
平和憲法を真剣に議論してこなかったら、
護憲だけを目的に、戦争について議論してこなかったら、
世界は争いごとだらけ、世の中は自分の思うとおりにいかないことだらけ、
そんな世の中で、どう生きていくのか考えないようにしてきたら、
自分だけが幸せなんてことは一切なく、
自分ひとりで生きていけるなんてこともない、
腹が立ったのに「腹が立った」を押さえ込み、
傷ついたのに、薄ら笑いで誤魔化し、
失敗したのに、これも笑って誤魔化す。

万事、事なかれ。
事なかれの行き着いた先は、破綻。

人生とは闘いである。
それは自分との闘いである。
それはキツイ。
それは、自分だけで闘うのではない、仲間がいた時、
大いなる喜びとなる。
その仲間を得るためには、議論が必要だ、
自分の考えが間違っていることに気づき、
それが修正されるまで待ってくれる友情が必要だ。
そして僕らは闘える。

2008年6月 4日 (水)

ガイアの夜明け~飲み水に変える浄化剤

(放送内容はこちら)

昨夜の「ガイアの夜明け」は、大阪シリーズでした。
マラリアに悩むアフリカへ、殺虫剤を練りこんだ蚊帳を開発した住友化学
東京と大阪両本社制のようで。取材を受けていたのは大阪でした^^

そして、飲めない水、飲んではいけない水を
「飲み水」に変える浄化剤を持ってバングラディシュに飛んだ
日本ポリグルという会社の小田会長67歳。
(会長の考え方はこちら)

大阪にこういう方がいて嬉しい^0^見習いたい。
それぞれが、それぞれの得意なところで、それぞれの出来ることをする、
小さなアクションでも、個人のアクションが増えることで世界が変わる。
そう思いますし、そう信じます。

2008年6月 3日 (火)

道交法改正

シートベルトを後部座席でも着用せなアカンようになりました。
「面倒くさい」という感想はありますし、
特にタクシーに乗った時もかいな・・・と思うけれど。

しかし、シートベルトは以前から後部座席にはあったし。
使い勝手は横においとかれたまんまやったけど、実際にあったし。

だいたいこうなんよな、日本て。
曖昧というか、ええ加減というんやな、あるところでは遵法で、
一般市民は例外的ゆーか、甘いのか、何か裏があるのか、あるんやろな。

法律は決めたが運用がええ加減やから、
明治時代にできた法律もそのまんま・・・てなことに繋がってるんちゃうんかい。
なんや訳のわからん「法解釈」ばかりが幅効かすんちゃうんかいな。

決めたことはキッチリ運用する、という当然の前提があって、
どういう法律を作るか、時代に併せて法律を変えていく、
修正を加えながら法律を成熟させていく、ちゅうことになるんちゃうんかいな。

ほんでや。
国民が、「それおかしいがな!」というべきは言わなあかんし、
それが司法に届かなアカンし、届いてなんぼやし、
そうでないと、いつまでたっても「お上」意識は治らんで。

結局、「お上」任せでは何も動かんで。
で、ロクでもない政治家はバンバン排除していかなおえんで。
ロクでもない政治家を見極めるためにも、
「民主主義」を考えなアカンで。

難しい理屈は分からん。
ただ、国政や府政は、わしらの代表が司ってるだけ、
その代表を選ぶ目を養わなどんならんのとちゃうかいな。

法律は、道交法は身近なだけに考える機会や思う。

ちなみに・・・イタリアの話。
「各地の市町村当局は財政難克服に交通規制の強化と
 罰金収入の増加に着手」したそうです。

なんでもイタリア人はむちゃ車が好きだそうで、
路上駐車は「常識」やそう・・・大阪と似てる^^;

さらに、イタリアの警官は怠け癖がついてるそうで、
職務に忠実な「監視カメラ」の数を増やすことで、
対応するそうです。

実際、2006年実績で、
71台の監視カメラが違反の半数を捉えたそうです。
で、罰金収入は、総額359億円・・・・

大阪府の財政にも罰金収入を!?
やったらええねん^^;

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