宮崎勤の死刑執行
法務大臣がわざわざ発表する言うのも違和感あるというか、
よう分からんけれど、死刑反対論者の理屈もよう見えん。
死刑を止めるということが、いったいどういうことを意味するのか、
それは宗教的な理屈なのか、それとも社会学的な話なのか、
或いは「死刑反対を唱える自分は素晴しい」という利己的なものなのか、
よう見えん。
ざっくり過ぎる話になるけれど、
「死刑を止めるというのは、「人間とは?」ということやないかと思うなぁ。
死刑を止めるところから戦争を失くすところまで繋がるのかどうか、
人間が抱える問題を解決の方へ持っていける可能性があるのかどうか、
そんな大層な議論を活発にしていかんと、
報道されるレベルの「死刑反対」では分かりにくすぎるし、
光市事件のように、「戦略的」な面しか見えてこん。
つまりは、利己的としか思えん。
それに、死刑を止めると言うのなら、それに変わる量刑をどうするか、
「なるほど」という提案もない。
何故、宮崎はのうのうと20年も行き続け、「無罪」と言ってきたのか。
何故宮崎は、働かずにタダ飯を食べることができたのか。
とりあえずは、働かんかい!!汗流さんかい!!と、
単純に思う。
宮崎に限らず、刑務所での過ごし方として、「働く」ことを重要な位置づけに
して欲しいと思うなあ。
社会復帰のためのプログラムとか、欧米的なんか知らんけど、
日本人は、まずは「働く」「汗水流す」ってことを「大切なこと」と
考えてきたし、汗を流すことを更正手段のひとつにもできる思うが。
食料問題がもっとシリアスになっていきそうな時代、
働く、とは農作業、作物を作らせて、「命」を考えささんかいや。


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