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2008年12月 4日 (木)

「自由と民主主義をもうやめる」という本

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携帯日記ブログでも紹介しましたが、幻冬舎の新書で出てます
佐伯さんについてはウィキでもご参照下さい。

本の紹介文を読んだり、佐伯氏のプロフを読むと、
なんや右というか、ちょっとした過激さも感じられるかもしれませんが、
いえいえ、至って平穏です。文章も平易。読みやすく理解しやすい。

この本で、あたしゃ「正統的な保守」であろうと強く思えました。
私なりに理解した「保守」とは、日頃相方の打越っさんと話しているようなこと、
自分が育ってきた環境、若い頃は面倒だとも思っていたことであります。

要は、今の自分は過去からの「繋がり」であり、過去の蓄積の結果であり、
未来はこれから「今」の蓄積であり、繋がっていくものだという、
こう書けば結構「そらそうや」と思っていただけるかと思いますが、
つまりは当り前のことを当り前に・・・というぼが保守だと理解しております。

革新・・・左翼・・・サヨク・・・を、これまでよう分らんと思ってきましたが、
この本によりますと、左翼思想というのは、

人間の理性と合理性で物事全てが解決できる、

ということを信じている考え方のようであります。

保守は、

いやいや、非合理的なことは多いし、それを無視しちゃあいけねえ、
理性つったって、人間て動物的でもありますやん、

ということだと、改めて理解しましたら、

そらそうやがな、それに僕等はそう言うきたし、
なるほど、わしらはやっぱり「保守派」やったんや、と納得できたのであります。

で、面白かったのは、アメリカについて。
アメリカ合衆国は、イギリスという伝統的な国から独立していった人たちが作った国で、
反保守がその基本・・・つまり、アメリカとは元々「サヨク」な思想の国であり、
つまりアメリカの保守とは、日本やイギリスの保守とは真逆の、
「革新」を守り保つこと、そうそれが「保守派」である、ということです。

なるほど!と膝を打った!!

そや。
誤解を与えてはいけない。

「保守派」は、変化や革新を否定しているのではありません。
Changeに反対する勢力ではない。

ただ、急激な変化や、一見良さ気に見える新しい考えに、
「チョット待った!」と異議を挟む、その判断材料となるのが過去からの経験である、
知恵である、ということでああります。

私は自身の仕事環境を「変えていきたい」と思ってやってきましたし、
それなりに変化し、周りにも、それなりの影響を及ぼしてきたように感じています。
自分のことを「革新派」と言ってもいいくらいの考えできたように思いますが、
しかしベースにあったのは・・・合理的に動けない自分を感じていたのは・・・
私が実は保守派だったからかもしれません。

正統的な保守派は決して事なかれ主義の、現状維持派ではない。
ただ、サヨク・・・革新派が、過去を否定し、過去より末来というような考えや、
末来にこそ理想があるといった理想主義的ならば、

保守派は、過去から末来をきちんとイメージし、末来は現在も含めて、
過去の出来いかんである、そう!因果応報!ということなんだと思います。

もちろん、多くの人は、右か左かに分かれているわけでなく、
右だの左だのというのも、もう死語やないかい!とも思い、
現実的にはベターな方を選びながら判断していると思いますが、
それでもベースのある考え方を「保守か革新か」で自問してみることは、
今の社会状況、政治状況を理解するに大変役立つだろう。

とかくメディアからの情報に影響され流されもしてしてしまうだけに、
自分はどの立ち位置にいるのか、そんな場所を確認しておく方が、
判断の誤りも少なくなるのではないでしょうか。

で、お勧めするのは、保守です^0^
だってそうですやん!
人間て、人間臭いし、合理的な判断なんて出来てそうで出来ひんし、
理性的であろうとするけれど、そんなわけないし。

自由だ、民主主義だ!と、日本的な理解の下できた戦後。
その結果、サヨク思想的な、「人間は素晴しい」は、まさに、
人間とは野放図なもの、放ったらかしにされたら、ほんまあきません、

人間とは、「人間になっていくこと」「人間でああろうとすること」という意味おいて人間であり、
そのために、教育であり、常識であり、慣習であり、伝統であり、歴史であり、
上下の関係であり、権威であり、身の丈であり、お金でありetc・・・ということでしょう。

「自由」という幻想的な言葉に酔えた時期はもおう終ったのではないでしょうか。
「自由」なんてものは、今や「勝手きまま」ということであります。
「個人の権利」とは、勝手なことを言うて自分の思い通りにさせる、ということでもあります。
「民主主義」とは、勝手なことを言い合う制度であり、物事を決めていけない、
現状維持。、変化をしないための方便、個人にとっての「既得権益」を守るための、
他人の足を引っ張るための制度になってしまったかのようです。

自由と民主主義をもうやめる、とは、
「その自由と、この民主主義」を大いに疑い、よりマシな方向へ歩を進めましょう!
ということであります。

是非、ご一読を!


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