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2009年1月19日 (月)

表面的に「優しい」言葉で洗脳されてきたんやで

「地球に優しい」しかり。
「夢」しかり。
「自由」しかり。
「愛」も。

モノを売るために駆使されてきた数々の言葉。
モノを売りつけるための嘘、キレイゴト。

大衆を誘導する政治の言葉。
大衆を誤魔化す役人の言葉。
それに乗っかる政治家の言葉。

セックスをするための甘言。
寂しいのが嫌だからと求める言葉。
騙され上手はいい人。

かと思えば・・・。

「とんでもないこと」なんて起きてないのに。
テレビは煽る、煽る。
数人死んだことが大惨事か?

それは「優しい言葉」の裏返しかもしれない。
針が「優しい」「甘い」に振れ、
針が「酷い」「激しい」に振れてバランスをとる。
そんな取り方・・・気がふれる。

「優しさ」を求めるようになったのは70年代半ばからか。
メッセージソングの変わりに出てきた、
「優しい男たちのラブソング」。

そして今、よく売れる歌は、
どうも嘘くさい、どうも表面的な、その裏側にどんな本質があるのか、
分ったような分らんような、そんな歌。

そんな時代に影響を受けながら、
抗いきれず、しかしなんとか抗おうとして言葉を見失うなあ。


2009年1月 4日 (日)

民主主義を、改めて学ぶ必要があると思う

「自由と民主主義をもうやめる」(佐伯啓思著・幻冬舎新書)を紹介したのが
昨年の12月4日。はや!もう1ヶ月も経ってしもうた。

ご紹介した本は、「民主主義反対!」の本ではありません。
そして私も民主主義なんて反対!呉智英さんばりに「封建主義がいい」なんてことも
考えていない、当たり前ですが。

第2時大戦時の英首相、チャーチルは、
「民主主義は最悪の政治であるが、今まで存在したいかなる政治制度よりマシである」
と言ったそうですが、なんか解る^^;

どうも我が国の、日本の民主主義を良しとする考えには、
「民主主義が素晴しい」という前提があるような気がしてならない。

民主主義がベストではなくベター、という考え方が必要ではないかと思う。

そのためには、国を挙げて、改めて勉強する必要があると思う。

政治家も、一般国民も、「民主主義とは?」「政治とは?」ということを。

日本人が国を挙げてこれらを学びなおせば、
こらね、かなり素晴しい国民になれるとぼかあ思うのです。

頭のいい人は、さらに学び、普通の人は、それなりに学ぶ。
アホはアホなりに^^;・・・そんな層の厚さがより良い未来を創るのだと思う。

「自由と民主主義」を自ら勝ち取って得たのではない日本人だからこそ、
きちんと学ぶ必要がある、改めて根本的なところに目を向けるべきだと。

もうボヤっとしてられへんで。

「知らないことは罪」ならば、
この情報社会で、基本的なことを知らずして、知っているような気分で、
政治をとやかくいう、個人の権利をとやかく言うのは罪かもしれません。

民主主義とは、育てていくものではないか?
それは、まさにひとりひとりに、その責任がある、
権利と責任が別個にあるのではないならば、
我々の責任とは、まずは「知る」ということで、
それは情報公開とか、「知る権利」云々とは別のもの、
民主主義とはどういうもので、政治とはどういうものか、
基本的なことを知っておく、学びなおす、
つまりは国民全体で共有すべきことがある、
それが曖昧すぎるままで何が個人の権利か、と僕は思うなあ。

感覚的なものを大事にしながらも、
感覚的なものに流されず、スターが出てきたときにグッと踏ん張れるような、
そんな気概を持てるように。

でないとね、おもろないわよ人生が。
不平不満不安不義不埒等々・・・こんなもんに覆われる社会なんて。
クソですわよ。だからこそ・・・と思うわけであります。


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