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2009年4月24日 (金)

臓器移植について

もし自分の子供が・・・と考えると簡単には言い切れないが、
もし自分の子供が・・・と想像しながら、「臓器移植」について考えてみる。

2歳や3歳の子供の臓器に疾患があり、
このままではもう長くない、となった時、

生れてきた子供の生をいかに全うさせるかを考え、
その子供との時間を、とても短いけれど尊いもの実感することで、
親として、人として、生きる意味を深く知ることができるのならば、
そこに大いなる価値を持つ社会の方が救われるのではないか?!

『臓器移植が大人に認められていて子供に認められないのは
 権利としておかしい』といった意見もあるが、
権利をどこまで拡大していくつもりなのか思う。

子供の臓器移植は、子供の臓器を必要とする。
そこには臓器売買という現実もあると聞く。
そもそも「脳死は人の死」なんてことになっているが、ついこの間の話。

「自分の子供だけは・・・」と思うのは無理もないが、
利己的なる人間を、利己にだけ走らせない装置を人は考えてきたはず。
そのひとつが「社会が何に価値を置くか」ということだと思う。

「日本は何故こんなになるまで放っておくのか?」と、
米国人医師は件の親に言ったそうだが、
それは親にしてみれば、とてもむごい「米国的正論」ではないか。

米国の正論、欧米人の正論、或いは規準に価値を置いてはきたが、
我々日本人が積み重ねてきた価値・・・宗教観も含め・・・きちんと議論すべきだし、
あまりに放漫になってしまった感性を今一度取り戻そうと思いを致すべきだと思う。
それでも時代は移ろいでゆく。だからこそ・・・だと思う。

「死」は悲しい。身近な者の死はとても悲しい。
ましてや子供の死はとてつもなく悲しい。
しかし、悲しみを受け止めながらも生きていくしかない、
いや、生きていこう、そして彼岸でまた会おう、
そんな感性が社会全体で共有できるようにと思う。


2009年4月15日 (水)

北朝鮮及びそれを巡る動き

これを「ゲーム」と呼んでは

失礼なんやろか?

男は永遠に少年なのか・・・
高度に見えて、高度に見せて、
しかしその本当の姿とは、
知恵も、権力も、金も弄ぶ子供ではないんやろか?

大きなおもちゃを持ってしまった・・・

2009年4月 6日 (月)

テポドンはほんま発射されたんかい!?

土曜日の12時。
「たかんじん胸いっぱい」を視ていたら例の誤報で
画面が一気にフジテレビ報道へと切り替わったわ。

バタついてる感丸出しの、
ベテランであるにも関らず噛みまくりの須田アナが、
「飛翔体」などという、偽善的な言葉で報道しとったわ。

ほんなら、「誤報」やと。
それならまた「胸いっぱい」に戻るんかと思ってたら
まさに電波の無駄使いかのような映像が流れ、
バタつき感だけは伝えたような、そんなテレビやった。

がっかり・・・

おい!関西テレビ!!
浪花魂はどこへいったんや!!

「そういう取り決め」やったそうやが、
だから1時前までどうすることもできなかったそうやが、
「誤報」で、放送すべき内容もない状態を指くわえたまま何もできなかったことを、
今日月曜日、会議で問題にしとるんかい!!

フジ主導・・・いや、フジテレビの言いなりなんかい!!
情けない・・・T0T

ほんでや、本題。
テポドンはほんまには発射されたのかい??

勝手な想像。
40メートルくらいあるテポドンは、その技術力の拙さから、
今回は発射されず、10メートル程度のミサイル、
それも近距離しか飛ばないミサイルが発射されただけやないかいな?

感度が良すぎるレーダーが、そのミサイル発射を捉えた・・・
しかし発射後、そのミサイルは直ぐにレーダーから消えたので、
「あれ?間違った??」てなことやないかいな。

ほんならアメリカは何故「発射された」と言うてるのか?
その辺に裏話がありそうな・・・・^^;

オバマの強めの非難演説は用意されていたもので、
何某かのことを有利に進めていくための戦略のひとつ・・・なんてなんて^0^

素人の勝手な妄想ではあるが、
それでも「ほんまに飛んだんかい!!」と疑問に思うのであります。

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