« 2009年8月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年9月 1日 (火)

日本人にとっての選挙

タイトルは、いつものようにご立派^^;大袈裟ですが^^;

「小選挙区制度で「日本は下り坂に」 米教授
 2009/08/31, 23:18, 日経速報ニュース, 444文字 」

がネタ元でありますが、「二階堂ドットコム」からの転用であります。
「日経速報」で検索してみましたが、見つけられず^^;
すいません。でも「こんな意見がある」ということでお読み下さい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ジェラルド・カーチス米コロンビア大教授は31日、
東京都内の日本外国特派員協会で講演し、

「選挙のたびに浮動票が一斉になびき政権交代が続けば、
重要な政策が遂行できず日本は取り返しのつかない下り坂に入る」と警告した。

 さらに「日本のように(右派や左派の)固定票がなく、
同質性の高い社会には小選挙区制度は合わない」と分析。
世論の雰囲気に影響されにくい中選挙区のほうが日本の政治風土に適していると指摘した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆とまあ、まずはこういう意見であります。
  「選挙のたびに浮動票が一斉になびき」というのを懸念します。
  評論家などは「国民の審判」とか、TVタックルレギュラーの福岡さんも、
  なんや国民が正確に、というか正当に、というか、
  ちゃんと判断したかのようなことおっしゃってましたが、
僕はなんや妙な気分であります。なんかおかしいように感じる。

  ベースとなる思想・信条、理念が問われることなく、
  目の前にぶら下った人参による判断、ええ人かどうかとか、空気・雰囲気とか、
  好き・嫌いとか、そういうものが判断基準のメインになっているように思う。

自民党も政権に胡坐をかきすぎたけれど、
  それも「政党の判断基準」が実利ばかりを追いかけてきた結果ではないか、
  国民こそが目の前のことしか考えてこなかった結果ではないかと思うわけです。

二大政党制、なんてことに関しても、それがどんな意味を持ち、
  それが日本にとってどう機能するのか、何がいいことなのか、
  そんなことも議論されず、もちろん国民は理解もしていず、
  ただ雰囲気だけで事が進んでいるように思います。

  結局日本人は、もちろん僕もですが、政党政治や民主主義を
  特に理解もせず、勉強もせず、学びもせず、議論もせず、ここまできた。
  そしてこれからもそうでしょう。それを懸念します。

僕の考えなど、大したことがないものだと充分に自覚しておりますが、
  僕の知識や見識など、レベルの低いものだと認識しておりますが、
  それでも、政治のこと、民主主義のこと、それこそ日本の歴史のことを、
  普通の会話に登場する頻度が上がらなければいけない、そう思います。

  政治は生活に大きく影響するものであるにも関らず。
  政治が非日常ごとになってしまっているのなら、それはやっぱり民度を問われる。
  目の前の人参と、それとは違う次元の「価値基準」が必要です。
 
日経速報続き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 民主党が提唱している「対等な日米同盟関係」については
「米国人をいらだたせる危険な文言だ」と指摘。
「米国から見れば日本は(費用を負担しないで便益を享受する)フリーライダーに映る。
対等な関係を求めれば、米国は日本により大きな貢献を求めることになるだろう」と述べた。

 民主党の鳩山由紀夫代表が米紙の寄稿文で
「日本は米国主導の市場原理主義の風に打ちのめされた」などと主張したことについては
「自身の発言がどのような波紋を広げるか、理解していないのではないか。
論文投稿は大きなミスだ」と厳しく批判した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆「対等な日米関係」
どこか魅力的に感じる言葉です。
しかし、これを言うのなら、アメリカ主導で作られた憲法からの脱皮、
つまりは自主憲法の制定、憲法改正をしなければならないし、
核保有も必要になります。
核を持たないまでも、自衛隊は軍隊にはしなけらばならない。
中国にも依存せず、「対等な関係」にならなければなりません。

ということまではせず、「対等な日米関係」と、鳩山氏は言ったのではないか?
そう、ただ雰囲気で語ってしまった。
そう思うし、おそらくそうだと僕なりには確信します。

「友愛」において「対等」ということでありましょうか。
「日本列島は日本人だけのものではない」ということにおいて「対等」
ということでしょうか。
「外国人参政権を認める」ことで?

もちろん僕は「対等な関係」を望みます。
「対等」への道のりは遠いにしても。

« 2009年8月 | トップページ | 2009年12月 »