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2012年4月23日 (月)

原発やら脱やら反やら、新エネルギーやら

○原発の再稼動
要は、安全さえ確認できれば再稼動は必要である、ということではないでしょうか?
「再稼動、やむなし!」という表現でもいいのですが。

「安全確認」に信頼がおけんから弱る。性急な「大飯原発再稼動!」も、
またまた信頼を傷つけました。

ほんまのところ、原発に関ってきた科学者の方々はどう思ってるんかな?
「ここまでのラインの技術は自信をもって大丈夫だといえる」
という意見を真っ当な科学者(と評価されてる人・・・誰なんかいな?)、
優秀(と言われてきた人・・・誰なんやろう?)な科学者から聞きたい。

情緒的な「反原発」「脱原発」のプレッシャーに、
科学者が臆して語らない、ということが起こってますわな。
「今、あれこれ言うたら損」とか「何を言うても叩かれる」とか
「テレビも新聞もちゃんと伝えない」とか。

先日、嘉田滋賀県知事と山田京都府知事が政府への「7項目の提言」を発表しました。

①中立性の確保。専門機関である原子力規制庁の早期設置は必要。
今夏の電力受給についても第三者委員会を設ける
②透明性の確保。福島第1原発事故の詳細なデータや事故原因、
電力受給資料など、情報を徹底的に公開
③福島事故を踏まえた安全性の実現。
免震事務棟防潮堤など恒久的な対策ができていない段階での安全性の説明を。
④福島事故の調査が終わらない段階で稼動する緊急性の証明を。
⑤脱原発依存への工程表を示す。また使用済み核燃料の処理体制の確立を。
⑥事故が起きた際の対応の確立。福島事故を徹底的に踏まえる。
⑦福島事故被害者を国が徹底救済。福井県には経済面などで全面的配慮を求める。

①の「中立性の確保」は、まさに「不信感」の表れで、
トップにきてることが何よりも現状を物語っているようです。
ただ「規制庁」てのはどうなんかな。あまりにネガティブやないかなと。
福井県の方が「40年も原発の電気を使うてきて、
それで今、原発反対て・・・」というようなことをおっしゃったようです。
その通りだわ・・・。

国の政策やったということは、色んな思惑もあり、
そして色んな権益、利益が地元にもたらされたと同時に、
我々も利益を恩恵を受けてきたわけです。
「電力は国民全員にとって共通の利益」という認識の上にちゃんと立って、
未来を語り合っていかんと、対立を助長したらいかんと思います。

せめて「管理庁」とか、「コントロール庁」とか。要は「いかに管理・コントロールをし、
我々の暮らしに役立つようにしていくか」てことが本筋でしょうし、
「江戸時代に戻ればいい」なんて話も、ま、おもろい話っちゃぁ話なんですが、
そんな無責任な!てことですし、誰が本気でそんなことをするん?てことでしょう。
やはり名称は大事。そこに思想が現れますもの。

で、「第三者委員会」なんですが、もはや国に「やらんかい!」と言うてるだけではなく、
それこそ「関西広域連合」なりで設置できんもんなんかいな?
橋下市長は「関電は情報を出してこない」というてきはりましたが、
出さないのなら出させるような仕組み、組織を地方自治体で作ることはできんのかいな?
それこそ国による「第三者委員会」より「中立性」が確保されるように思うのですが。

放射能問題は、今後大きくなっていくかもしれない・・・と素人的に心配してるわけですが、
外国に賠償を求められたとしても、「はい、すいません」と右から左に賠償金を出してもろたら困る。
過去、核実験でどれだけの放射能が撒き散らされてきたことか。
もし「賠償金」なんてことを言われても僕は拒否すべきだと思います。
表に話がでる前に外交力できちんと対応してもらいたい。

で、放射能。もし中国や韓国の原発が大事故を起こし、
放射能が撒き散らされたら、それが黄砂の飛ぶ時期と重なったなら・・・
西日本から東京まで全滅するんやないでしょうか?いや、列島全てか・・・・?

中国や韓国の原発技術を、声高に反原発を叫ぶ人たちは信用しているのやろか?
我々の安心・安全確保のためにも、日本が培ってきた原発技術・・・
今回は、「想定外」という逃げ口上が不信感を膨らませてますし、安
全神話なるものの上に胡坐をかいてきた結果が今回だと僕は思い、
実際の日本の技術力に対しては、信頼している、、信頼したい、いや凄いはずだ、
と思ってまして・・・を活かして欲しいと思います。

中国、韓国だけでなく、いろんな国が原発を推進していく流れの中、
何十年か先の脱原発へも向かいながら、
世界の原発に積極的に関与していくべきではないでしょうか?

今回の原発事故の責任をとる意味でも、安全保障にもなるでしょう、
日本の世界貢献にも、もちろん日本経済にも役立つのなら、
今、原発技術を無きものにしていくのは、これまでかけたお金ももったいない、
人材ももったいない、何より「自己否定」はもういかん、さらに、
それで過去を忘れていくかのような、
これまでの癖?のような対応はいかんと思います。

脱原発と併せて、「革命的・新エネルギーの開発」に、
それこそエネルギーを傾注してもらいたい。
石油メジャーやら、コネクションやら、何かとややこしい連中が多いようで、
その中に組み込まれてる方が楽なんでしょうが、なんとかやりようはないものなのか。

「藻」が世界を変えるのならば、ひょっとすると、
それは「エネルギー革命」を起すだけでなく、世界から戦争や貧困をも無くす・・・
とは言わんわ、減らすこともできるかもしれない・・・くらいの夢とロマンを描こうやないか。

とにもかくにも、エネルギーと食料が充分に、公平に行き渡れば、
かなりの争いごとが減らせるかもしれません。
「オーランキチトリウム」や、それよりも凄いらしい、なんて言う名前やったかな?
開発者の名前がついた「なんちゃら藻」が、ほんまに可能性大なものならば、
いや、それを知りたい。可能性大かどうかを知りたい。

「子供たちの未来のために」とは、まるで殺し文句のようですが、
ほんまにそう思うのなら、未来をどう創っていくかを考えねば。

嫌だ、嫌いだ、信用できん、アホか、もうええわ、知らんわ、
ではラチがあかんと思います。

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