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2012年7月26日 (木)

日本主義というのがかつてあったそうで

Wikiによれば、
「日本独自の伝統、文化、精神を基礎として
国家の繁栄を目指すという主義。
 明治時代以降に急激に押し寄せてきた西洋化に対抗する事を目的として
 高山樗牛や井上哲次郎らによって主張された」
と短く紹介されてます。

で、高山・井上へさらにWiki!したけれど、大した内容は載っていず。
なるほど、それほど支持もされず、広がらなかったのね。
そりゃそうだわね、いくら「急激に押し寄せてきた西洋化」であっても、
わざわざ「日本主義」で対抗しなくても、消化し対抗もでき・・・ということだったか。

しかし今、この「日本主義」という言葉に私は魅力を感じています。
というのも、右だ左だ、保守だ革新だ、という分け方が西洋からのものであり、
どうも違和感を感じてきた。

私は「保守派やな」と自覚したのは、ここ数年のこと。
「右やわ~」とはずっと思うてきましたが。
それでもそんな分類に違和感を感じてきた。

【自分は何に立脚?】
私の父は戦争に行ってます。満州で戦った。
すでに他界しています。軍隊でのエピソードは酔えば話していたが、
どんな戦だったかは聞いたことがなかった。

昭和34年生まれの私は、「もはや戦後ではない」時代に生まれ、
「戦争を知らない子供たち」を歌う世代を上に見ながら、
「0戦隼人」や「紫電改のタカ」、「サブマリン707」といった戦争漫画を
ワクワクもしながら読んでいたし、テレビで見ていた。

祝日には、自宅玄関に国旗が掲げられていたし、
近所の家のほとんどもそうだった。

親父はロシアを「ロ助」と呼び、「ロ助はきたない」といつも言っていた。

親父の話を子供としては「うっとおしい」と思っていた。
だいたい、話が長い^^;いつも同じ話やったし><

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2012年7月18日 (水)

中国人留学生とひょんなことから

久々に母校・龍谷大学へ行きまして、ゼミを見学しにいったのですが、
そのゼミ生に中国人留学生がおりました。

彼は大連出身で、一旦は地元の日本企業に就職。
そこで出会った日本人の上司に感銘を受け、日本に興味を持ったそうです。

「論理的だった」

これが彼にはとても新鮮だったそうで、25歳のとき、日本に留学。
日本語学校で日本語を学んだ後、龍谷大学へ。現在29歳。
秋入学ってのがあるそうで、来年の秋に卒業、日本企業に就職したいそうです。

彼の客観的な話しぶりに好感。さらに「私の考えはこうです」という印象もよく、
日本人が「こんなん言うたらどう思われるやろ」と思いながら話すのとは違い、
私としては話やすかった。それによく喋る^0^

尖閣問題についても訊きました。いけるか?と思い切って訊いてみた。
日清戦争でとられた、沖縄と一緒に尖閣も日本に返された、
鄧小平は「我々のあとの世代が解説してくれるだろうと」言ったなどを
彼は話ました。

それに対し、日清戦争以前から尖閣は日本の領土であり、
つい昨日の新聞では尖閣は琉球国の領土だということが分かった、
と私は話ながら、「理想的にはお互いの信頼関係の上に領土をどう扱うか」
と言い、それには中国のやり方は、やはりキツイ、考え直してもらわんとと
言いました。

とまあ、こんな話が出来て、とても良かった。
彼は自国の政府を嫌っているそうです。
格差社会、社会保障、医療などなど、多くの問題を中国は抱え、
官僚になるには汚職は当たり前、悪いやつしか官僚にならない、
一部の層以外は不満をもっている等など語ってくれました。

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2012年7月16日 (月)

日本共産党について

産経新聞7月15日の記事によると、「党勢に衰え」だそうだ。
「ソフト路線不発」で「党員激減や財政難深刻」だそうだ。

私はずっと日本共産党に興味を持ってきました。
なんで名称を変えない?つまりは共産主義を理想としてるねんやん、
革命を夢やと思うてないねんやん・・・

共産主義については、
「なぜ日本の教育は間違うのか」森口朗著(扶桑社新書)
こちらを参考にして頂くと、「目から鱗」かもしれまsねん^^
森口氏は1960年大阪府生まれ、教育評論家で東京都の職員をされてる方です。

さて、日本共産党の歴史をざくっと振り返ります。
●大正11年 非合法政党として発足
●昭和21年 戦後初の総選挙で5人当選
●昭和54年 衆院選で41議席獲得
 ※こんな時代もあったんや^^;

●平成8年には衆院比例代表で727万票、26議席を獲得
 ※挽回

●平成10年 参院選比例代表では820万票獲得
 ※ますます乗ってきたが

●平成15年 衆院選比例で459万票、9議席と一気にダウン
 ※選挙区で全敗ですと

●平成22年 参院選比例では、356万票

とまあ、目を覆うような流れとなってきてるのが昨今です。
他には、

○昭和26年の全国協議会で「武装闘争方針」をいい、
○しかし昭和30年には「武装闘争方針」を放棄
 ※さすがに「武力闘争」はない、となったのか

○ちなみに昭和47年、尖閣諸島について
 「日本の領土であることは明らか」と党の見解を発表。
 ※この辺は割と言うのよね

○昭和49年には創価学会と「創共協定」締結
 ※今も継続中なんやろか

○平成10年7月 中国共産党との関係を正常化、9月には、
 不破氏(議長)が講演で象徴天皇制を事実上容認
 ※勢いのあった頃の・・・

○平成16年 党綱領を43年ぶりに全面改定、
 イデオロギー色の強い「前衛党」「労働者階級の権力」
 などの文言を削除。
 自衛隊や象徴天皇制の容認方針を打ち出し、ソフト路線に。
 ※議席獲得には至らず・・・

現在。党員数は平成2年の50万人規模から、32万人に。
機関誌読者は10年前の195万人から、145万人に。
党費未払い党員9万人を整理したり。


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2012年7月 2日 (月)

大飯原発再稼働反対デモ

私は2種類のツイッターアカウントを持ち、
スマホには2種類のアプリをDLしている。

その二つで今回のデモに対するTWの意見が違い、とても興味深い。

ひとつはデモ支持のひとりが盛んに「仲間」のTWをRTWして、
タイムラインはデモ支持だらけだった^^;
かなり情緒的で参ったな。

もうひとつでは、論理的?理性的?なTWがあり、納得もしながら、
反対派のTWは、これまた感情的で^^;
もちろんデモ支持TWもあり、IWJ?岩上氏のUSTにも行った。
たぶん今も続いている「デモ」を視聴。
太鼓を鳴らし、それもずっと同じリズムで・・・もはやトランス状態か。

FBにには、以下のような内容の投稿がシェアされていた。

「もう、何十時間、彼らは、ともに、そこに、いるのだろう。。。
でも、これからも、ともに この国で、この星のうえで、共存してゆく。
すでに、民間ニュースでは、再稼動成功と放送されたが、
いまだ、終わらない現地での命をかけた叫び。
そして、機動隊のバリヤー。この両者は、、ともに、同じ国家のもとに、いる。

機動隊は、敵じゃない。彼らも、指示でうごいてる。
若者も、その指示をだしている人々に、訴えている。そう思いました。
2012年 7月1日。
日本が、選んだ再稼動の路で、一体、国は、私達を何処に、誘い、
私達は、何処に辿り着くのだろう。。
この一夏の、冷房の電気量だけを、理由に、再稼動した大飯原発。。
わたしは、、冷房を、自宅では、使用しない性分だから、この理由は、?
だけど。。。。そんな理由だけで、この声を、一掃してしまうのでしょうか。。
そう、思いました。反対する人も、賛成する人も、同じ国に、
これからもともに、いることだけは、真実だと、思いました」

デモ支持派に感じる「情緒的訴え」だと感じている。
ちょいと疑うところがあるのだが、こういうのは「手法」?

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