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2013年8月 2日 (金)

なにかと面倒くさい世の中

中国がやいやい言い、行動し。
韓国は韓国で、「行き過ぎ、やりすぎやろ!」で。
アメリカも己のことばっかり。
言い出したら切りもなく、世界は、国家とはこういうもんか。
そんな中で日本は、我が国は、日本人は「マシな方」やと
ほんま思うけれど。

やられたらやり返す、てな立ち位置はないにしても、
準備しておくべきことはしとかんとあかんのは当然。
それほど「国家間の関係」は油断できんということが
ほんまよう解りました・・・と私は思うが。

原発にしても準備を怠ったからあないなことに。
常に準備!は、何も国家だけの話もでない。
個人もできる準備はするようにしとかんと。
少なくとも慌てる度合いが減るようにはしておきたい。

しかしなにかと面倒くさい世の中です。
国内の閉塞感に加えて外国からのプレッシャー、
数々の国内問題・・・

せめて「未来に向かうぞ!」という明るいエネルギーが
社会に、国家に溢れていれば、生きる力も湧いてくる。

戦後68年か。
ポツダム宣言受諾は、敗戦ではなく休戦だった、てな話もあるが、
いずれにせよ「戦後処理」が曖昧なままここまで来たと思うなあ。

それもまた致し方ないところも理解する。
何せ経済。国民に飯を食わせること、焦土からの復興が
なにせ必要やったのは間違いないもの。

でも、もう「戦後」から脱し、「ええ未来」へ向かえるように
色んな発想を変えていかないと、こんな緊張感のある生活は
疲れるばかり。

30年後に日本は?
私が生きているだろう10年後、希望的に20年後の日本は、
30年後を描くことで、その過程の期間となる。
それは「よし、ええ未来に向かおうとしてる!」と感じられることで、
そんな人生は、少々のことも乗り越えられる、それぞれに色んなことが
あるやろうけれど、少なくとも「おもろいかも!」と思える、
そんな社会の空気を感じながら我が人生を送っていきたい。

発想の転換。
それは、自ら何かアクションしていくことで生まれる、
醸成されていくものやと思う。
より多くの人が「社会貢献的」でも「近所のため」でも、
「仲間のため」でもええから、「我がのこと」をベースに
なんぞアクションしていけんかと思う。

「誰ぞのため」が「我がの喜び、幸せ感」に繋がることが
世の中を少々でも良くしていくことになっていくのやと
思いますわ。

こんなことを思いながら、さて。
小さいことからコツコツと。
今更ながら名言ですな。きよっさん。
コツコツと積み上げてきたことが我が人生の証し。
ならば、いつか来るその日。
「ようやってきた。オモロかった」と言える人生を
送っていきたい。

なにかと面倒くさい世の中。
それを少々マシなもんにしていくことに、
微力でも加わっていこうと思う。


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