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2014年7月 7日 (月)

台湾が聴こえる〜和田ブログ

序章
2013年8月の台湾、私は滞在先の台北市内のホテルの6階から窓を開け、
ポータブル・ラジオのロッドアンテナを晴天の夏空に向けて目一杯伸ばしていた。
私は学生時代からラジオ好きで旅行へは大抵ポータブル・ラジオを持ってゆく。
そして、滞在先でどんな「声」に出会うのかを楽しみにしている。
そんな習性で台湾でも同じように、ラジオのスイッチを入れ、
選局ボタンを上から下まで合わせてみる。

すると、30のFM局の電波が飛び込んで来た。
ラジオから聴こえてくる声はさまざまだ。
中国語(=北京語:台湾では国語と呼ぶ)だけではなく、
日本の演歌、歌謡曲も普通に飛び込んでくる。

そして、聞き慣れない言葉も聴こえてくる。
電話でリスナーと思わしき相手とDJがこの聞き慣れない言葉でトークを楽しんでいる。
これは、台湾語(閩南語)や客家語の放送だ。
言葉は分からなくとも中国語(北京語・台湾では国語と呼ぶ)とは違うどこか懐かしい感じ、
人懐っこい感じのする声。そんな声が台北の空には日常的に飛び交っている。

台湾はまさに「多言語国家」なのだ。

私は長年大阪に住んでいる。
大阪ではNHK-FM、FM大阪、FM802、FM COCOLOの4つのラジオ局と神戸、京都のFM局、
そして、コミュニティFM局が受信できる。
それでも、特に工夫もしない普通のポータブル・ラジオで聴こえてくるのは、
せいぜい10局程度だろう。

日本では電波行政のシステムが中央集権的に構築されていて、
東京から番組を全国にまんべんなく伝達する為の放送ネットワークづくりがなされている。
このため、都道府県単位に放送局をどのくらい設置するか、
その適正な数をあらかじめ決めておく「チャンネルプラン」が設定されている。
だから、日本では放送局を始めたくても、自由に放送局を始めることはできない。

一方、台湾では民間のFMラジオ局がこの20年間の間に急速に増えた。
ラジオ局の選択肢の多さは今では日本よりも台湾の方がはるかに先進的だ。
その背景には台湾の民主化の歴史があるのだが、
この背景についてはこの連載のもう少し後に語る事にしたい。
 
選択肢が多いということは、それだけそれぞれの放送局の個性がある、ということでもある。
そのなかには、日本人の感覚ではあり得ないラジオ番組もある。

そんなラジオ番組と台湾で出会った。
 
台北時間火曜日夜8時すぎ、偶然出会ったそのラジオ番組は、
一見、日本の演歌を紹介しているだけのように思えた。
しかし、1分も経たないうちにこの番組がどこか「変」なことに気づいた。
それは、DJが演歌のサビの部分になると、突然、一緒に歌い始めることだった。

特に印象に残ったことは二つある。
内山田洋とクールファイブの「長崎は今日も雨だった」が演奏されているなか、
「♪ああああ〜長崎は〜きょうも〜雨〜だった〜」の「雨」のところで
歌手の前川清の声が裏返るのをそのまま忠実にDJが声真似していること。

そして、小柳ルミ子の「お久しぶりね」が流れる時にはフルコーラスに近いくらいDJが歌うことだった。
ロックコンサートの会場でノッテいるオーディエンスのようにDJは
「♪もう一度!Hey !もう一度!Hey! 生まれ変わって〜」といった具合に
ラジオの向こう側でエキサイトしているのだ。(後に、この曲がこの番組の定番曲だという事を知った。)

DJのエキサイトぶりがヒートアップしてくると、
演奏されている曲にマイクの声をかぶせて、「いいね!いいね!気持ちいいね〜!」と
さらに日本語で合いの手を入れ始める。
そして、石川さゆりの曲が流れると「さ・ゆ・り!さ・ゆ・り!」とさゆりコールが始まる、
といったような具合である。

曲紹介は北京語基調だが「つ・づいての曲〜」というように日本語での曲紹介も随所で入ったり、
台湾語で何かを話していたりすることもある。
この番組で演奏される曲は、天童よしみ、五木ひろし、森進一、橋幸夫、春日八郎、三船敏郎といった
昭和30年代から昭和60年代の少し懐かし目の日本の演歌である。
途中10分間のニュースを挟んで、8時から10時までの全編がその調子なのだ。

さらに、次の日から数日間、同じ時間、同じチャンネルを聴くと今度は
ハウス、テクノ、あるいは1980年代の洋楽といったまったく違うジャンルの曲が流れてくる。
でも、DJは同じで、ノリも火曜日の演歌の日と同じく曲の合間に一緒に歌っている。

なんとも不思議なラジオ番組と出会ったな、という印象だった。

インターネットで調べてみると、この番組は、月曜から土曜日までの帯番組
(土曜のみ夕方4時から6時の放送)で、火曜日は「演歌之夜」というテーマだった。
DJのJOHNNY(強尼秀)は少なくとも10年近くこのようなフォーマットの
ラジオ番組をしているらしいことが分かった。しかもこの番組は、
台北市内で聴取率第二位のメジャーなラジオ局「UFO ラジオ」(飛碟電台)から
放送されていることも分かった。

私はこの番組がインターネットのストリーミング配信で聴く事ができることを知り、
日本でも1年以上毎日聴き続けるくらいはまってしまった。まさに中毒である。

日本の演歌番組のフォーマットといえば、
イントロで情緒たっぷりなナレーションが入るのが定石だろう。
この定石を根底から覆すような「フリーダム」なノリなのだ。
一言で言うと、ディスコDJが演歌を「プレイ」しているといったノリに近い。

この番組をちょっと聴きかじるだけだと、ただふざけているようにしか聴こえない。
しかし、もう少しじっくりこの番組に付き合ってゆくと、日本語の歌詞の解説を北京語で補っていて、
ただ、ふざけているのではなく、しっかり「演歌の心」を紹介していることが分かる。

2013年から2014年にかけてこの番組のゲストに
森進一、五木ひろし、細川たかしといった
日本の演歌界を代表する3人がやって来た事もその証左である。

五木ひろしがゲストに来た2014年4月22日の放送では、
五木がデビューした頃のマイナーな曲をJOHNNYが番組内で紹介して本人を驚かせていた。
そのくらいJOHNNYの演歌にかける造詣は深い、
ということが聴いているうちにしだいに分かって来た。
私達が当たり前だと思っている日本の演歌の聞き方の根底が
台湾のラジオを通じてひっくり返ったような、そんな気がした。

1年間聴き続ける中で、だんだんと分かって来た事は、
この番組で放送される日本の懐かしい演歌は
実は台湾ではカヴァー曲として台湾語で歌われた曲が多い、という事実だった。
台湾では戒厳令時代、日本の歌謡曲の放送が制限されていたため、
台湾語の歌手が日本の歌謡曲をカヴァーして歌っていた歴史がある。

台湾の人たちは、民主化になった今では自由に聴けるようになった日本語の演歌を
自分たちが台湾語で聴いて来た演歌の思い出と重ね合わせながら、
歌いながら、ラジオの中のJOHNNYの声と一緒に楽しんでいるのだ。

台湾人がどのように演歌を聴いて来たのか。
台湾のラジオからさまざまな言語の声や歌が飛び出してくるのはどうしてなのか。
これらの背景には私達日本人が未だ知らない台湾がある。

このブログでは、このまなざしで台湾を観てゆきたい。
つまり、台湾をめぐるモノ・コトを通じて、
台湾の文化の背景、歴史の背景を知ろうとするまなざしだ。
このブログを最後まで読むと実際の台湾が単純な「親日」イメージではなく、
とても複雑な背景をもっていることがわかってゆくはずだ。

台湾へのまなざしをより豊かにしてゆけるような連載を心がけたい。

今日紹介した台湾
飛碟電台(UFOラジオ)「八點一定強(pa dian yi ding chang)」(JOHNNY SHOW)
月〜金 夜8時〜10時(台北時間)日本時間は夜9時〜11時

下記URLにてライブ・ストリーミング配信を行っている。
http://hichannel.hinet.net/player/radio/index.jsp?radio_id=232

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